土川内科小児科ニュース  1月号  No.36 
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  今月のテーマ:新年を迎えて

 あけましておめでとうございます。おかげさまで、私どももつつがなく新年を迎えることができました。これもひとえに皆様の暖かいご支援とご厚情のたまものであり、新年のご挨拶と共に心より御礼申し上げます。 心配された2000年問題ですが、大きな問題もなく無事新年が迎えられたようで、ほっとしていらっしゃる方も多いかと存じます。私も停電や断水に備えて、色々な対策を講じましたが、電気が止まってしまったら、私たちの生活が立ち行かなくなることを痛感致しました。文明のおかげで生活がいかに便利になっているかを改めて見直すことができる良い機会だったようです。
 さて、今年は西暦2000年。20世紀を締めくくる最後の年であり、また21世紀という新しい時代へと飛翔する年です。世紀をまたぐ経験は私たちに与えられた幸運でもあり、ひときわ新鮮な気持ちで新年を迎えることができました。昨年は、噂されたノストラダムスの大予言は現実のものとはなりませんでしたが、世界各地で震災があり、異常気象による災害も報告されております。日本でもこれまででは考えられなかった事件・事故が相次いで起こっており、景気が低迷していることに追い打ちをかけて、暗い世相をますます暗くしておりますが、年が改まった事をきっかけに明るい方向に世の中が進んで行くことを期待したいと思います。
 ところで、年末にとんでもない情報が飛び込んできました。インフルエンザによる脳炎・脳症に、ある種の熱さましを使うと死亡率が高くなるというものですが、インフルエンザシーズン突入後のこの時期でしたので、ビックリなさった方も多かったかと思います。このニュースは私たち医療関係者にとっても、また皆さんにとりましても非常に重要な問題であると同時に、色々な問題点が含まれておりますので、ちょっと取り上げてみたいと思います。
 まず、報道された内容(毎日新聞ニュース速報)を左のコラム内にお示し致します。このニュースが流れた直後、私が参加しています小児科関係のメーリングリストでは、「ボルタレン、ポンタールを解熱剤としてして使っていた子に脳症が多かった」、「昨日からテレビ、新聞でインフルエンザでボルタレン、ポンタールを使用すると脳症などで死亡することが3〜4倍になるというような内容の報道がなされた」となってしまっておりました。つまり医療関係者であっても、この報道を間違って受け取っていた方がおりました。  
12/20 21:09 毎: <インフルエンザ>一部の解熱剤服用で死亡の可能性高まる?  インフルエンザで脳炎・脳症を発症した際に一部の解熱剤を服用すると、服用しない場合に比べて死亡する可能性が高まっているという厚生省研究班の分析が20日、中央薬事審議会医薬品等安全対策特別部会に報告された。しかし、もともと死亡する可能性が高い重症患者に使用される薬であることなどもあり、同省は「今後さらなる研究が必要で、結論的なことはいえない」と話している。  「インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班」(班長・森島恒雄名古屋大学医学部教授)は、今年1月から3月にインフルエンザ罹患(りかん)中に脳炎・脳症を発症した181例(うち15歳以下の小児170例)について、解熱剤との関連性を分析した。  その結果によると「メフェナム酸(成分名)」の服用者は9人中6人(66・7%)が、「ジクロフェナクナトリウム(同)」では25人中13人が死亡していた。 年齢などを加味して統計的な解析を加えると、解熱剤を服用しない場合に比べ、メフェナム酸で4・6倍、ジクロフェナクナトリウムで約3倍、死亡する可能性が高くなった。  しかし、この結果は症例数が少ないために統計上ぎりぎりの信頼性しかない。さらに解熱剤を使用しなくても4人に1人の患者が死亡し、42度以上の発熱ではほぼ全員が死亡しているという。[1999-12-20-21:09] 毎日新聞ニュース速報より
 今回の発表は、「インフルエンザに解熱剤を使った場合」ではなく、「インフルエンザによって引き起こされた脳炎・脳症の患者さんに解熱剤を使った場合」に死亡率が高くなるかも知れないというものでした。「インフルエンザ」と「インフルエンザで引き起こされた脳炎・脳症」とは、全く別です。確かにインフルエンザは通常の風邪と比べて遙かに重い疾患で、合併症による死亡率も高いのですが、ただのインフルエンザと脳炎・脳症では、重症度が全く違います。今回の報道は、インフルエンザに解熱剤を使うと危険なんだという間違った印象をうえつけかねない危険性をはらんでおります。この発表直後、発表された資料を作成した研究班から、下のコラム欄にお示しした様な補足説明が出されており、十分な見当はこれからという状況だった訳です。このような内容の報道をこの時期にすべきかどうかという点には、十分な配慮がなされたのでしょうか。幸い私が外来をやっていてはまだこの件に関する質問を患者さんからは受けておらず、さしたる混乱はなかったようですが、まだ検討段階にある不確かな内容を安易に報道した結果、いたずらに社会不安をかき立てることにはならかったでしょうか。また、この内容を急いで発表しないと、後日、すぐに発表しなかったことを厚生省の担当者が避難される事をおそれた結果ではなかったかという疑問も残ります。社会的な混乱よりも自分の立場を優先した結果(保身行為)ではなかったのかという疑いです。  昨年末、インフルエンザワクチンに関するある考え方が、ある新聞に載りました。一般的ではない考え方に対して当然、医療関係者からも反対意見が出されましたが、その取り上げ方は平等ではなく、一般的ではない考え方が優先的に取り扱われました。  
補足説明 報道機関各位  本日、厚生省医薬安全局安全対策課より、インフルエンザ脳炎・脳症における解熱剤の使用についての私共の研究班報告の結果が発表されるとうかがいました。インフルエンザが今年も流行し始めた現在、医療の現場で混乱が起こることを私共は心配しております。発表したデーターは、客観的資料に基づきだされた結果ですが、症例数が解析には満足すべき数に達していない薬剤もあり、今後さらなる調査が必要と考えております。1)インフルエンザ脳炎・脳症において発熱が高くなる程予後は悪くなります(42度以上では100%死亡、41度以上では同42%)。2)一般に今回問題となったジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸は、こうした熱の下がりにくい子どもたちに使われる傾向があります。3)したがって、表Tの解釈にはこの点に配慮する必要があります。4)発熱時の最高体温を含めた多変量解析がおこなわれたのは、このような様々な因子を考えにいれて評価する必要があると判断したためです。5)多変量解析の結果は表2に示しましたように、インフルエンザ脳炎・脳症の死亡と解熱剤のあるものに有意な差がでてまいりましたので、厚生省にご報告した次第ですが、その差はわずかなものでした。6)また、重要な点は、解熱剤を使用しない症例でも25.4%死亡し、また比較的安全と思われるアセトアミノフェンでも29.5%死亡が認められており、解熱剤だけが原因でこの病気が起きるわけではありません。今後さらなる原因の究明と治療・予防方法の確立が急務と考えます。以上を研究班として補足させていただきます。 (インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班)
 情報化社会というのは、非常に多くの情報を早く手に入れることができるのですが、一歩間違えると誤報が日本中に広まり、社会パニックを起こしかねません。情報を提供する側も、それを利用する側もこの点に特に注意を払うべきではないかと考えます。幸い、インターネットを使うことで、発表そのものを自分の目で確かめることができますので、疑問がある時には、原本にあたる事をおすすめ致します。私も医療情報につきましては、専門の立場から正しいと思われる情報をわかりやすく提供していきたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願い致します。
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