【高血圧性緊急症】 A)定義:血圧の著しい上昇により、脳・心・腎などの臓器障害をきたすか、それが 進行しつつある状態。高血圧性脳症、脳出血、進行性腎障害、急性肺水腫を伴う 急性左心不全、眼底出血などがみられる。多くの場合、220/130mmHg 以上のことが多く、緊急かつ適正な降圧を必要とする。 B)診断基準(以下4項目中2項目以上あれば診断確立) 1)拡張期血圧が130mmHg以上 2)眼底うっ血乳頭 3)腎機能が進行性に悪化 4)意識障害、頭痛、悪心、嘔吐、局所神経症状 注)4)の症状があれば、本疾患を念頭におき、診断・処置を迅速に行う。 注)急性腎炎や妊娠中毒症などで急激に血圧が上昇した場合、それほど血圧が 高くなくても高血圧性脳症や心不全を起こすことがある。 注)意識障害は脳卒中との鑑別が大切。昏睡から不穏症状までさまざま。 注)鑑別すべき疾患としては、急性左心不全、尿毒症、脳血管障害、脳腫瘍、 頭部外傷、SLE脳症、高度の不安状態などがあげられる。 c)診断 1)病歴 1.バイタルサインをチェックしながら、手短に病歴を取る。 2.本症を疑った場合、高血圧歴・治療歴などを中心に(意識のない場合は家族や 付添いの人から)聴取する。 2)理学所見 1.血圧測定:原則として四肢で測定。左右上肢は必ず! 2.胸部聴診:心雑音、V音、W音、肺うっ血の有無 3.神経学的所見:意識状態、局所神経症状 4.眼底所見:うっ血乳頭、網膜出血、白斑の有無 3)検査所見 1.心電図:左室肥大・虚血性心疾患の有無 2.胸部レ線:心陰影の拡大、肺うっ血所見、大動脈弓部所見(石灰化・拡大) 3.心エコー:必須ではないが、心雑音の著明なとき、解離性大動脈瘤を強く疑う とき、心膜炎の疑いのあるときなどには施行する。 4.血液検査:血算、BUN、クレアチニン、電解質、血糖、アンモニアなど。 5.尿検査:尿蛋白、尿糖、尿潜血、比重、尿沈渣など。 6.CT:意識障害、脳血管障害の疑いのあるときなど D)治療 1)ポイント 1.降圧をはかるのは言うまでもないが、急激な降圧や下げ過ぎは重要臓器の血流 を低下させる(特に脳の虚血)ので好ましくない。 2.目標は、拡張期圧100〜110mmHg前後とする。 3.緊急度は原疾患、合併症の状況により異なり、個々の患者の状態により判断す る必要がある。The Joint Committee on Detection, Evaluation and Treatment of High Blood Pressure. 1984 の基準は下記のごとくである。 1)高血圧性緊急症(hypertensive emergencies):1時間以内に血圧を下げる 必要のある状態で、高血圧性脳症、脳内出血、クモ膜下出血、急性左心不全 (肺水腫)、解離性大動脈瘤、腎不全、妊娠中毒症、頭部外傷、広範な火傷、 不安定狭心症・急性心筋梗塞で高度の高血圧を伴う場合、褐色細胞腫のクリ ーゼ。 2)高血圧性急迫症(hypertensive urgencies):24時間以内に血圧を下げる べき状態で、切迫した合併症のない加速型高血圧症または悪性高血圧症、 手術前後の高血圧、緊急手術を要する患者の高血圧。 2)緊急降圧に使用される薬物 1.アダラート(1P=10mg):1回10〜20mgを経口・舌下・直腸内投与。 効果発現時間は20〜30分で、作用持続時間は4〜6時間。 注:現在はこの方法は許可されていません。 2.カプトリル(1T=12.5mg):1回6.25〜50mgを経口投与。効果発 現時間は30分、作用持続時間は6〜8時間。 3.アルフォナード(1V=250mg):0.5〜5mg/分で点滴静注。効果発現 は1〜2分、作用持続時間は10分。節遮断作用による視力障害 ・尿閉・麻痺性 イレウスなどの副作用のため、長期間は使いにくい。また 水分貯留をおこして降 圧効果が減弱するのでループ利尿剤を併用する。4 8時間を目安に経口降圧剤に 切り替えていく。妊娠中毒症には胎児への影 響を考慮し使用しない(→P222参照)。 4.レギチン(1A=10mg):3〜20γ/kg/分で点滴静注。1回5〜10 mg静注も可。効果発現時間は1〜2分、作用持続時間は3〜10分(→P240参照)。 5.アポプロン(1A=0.5mg):1回0.2〜1mg筋注。効果発現時間1.5〜 3時間。作用持続時間6〜24時間。傾眠傾向があるので、神経症状の修飾に注意 する(→P221参照)。 6.ヘルベッサー(1A=10mg、50mg):1回10mgを緩徐に静注するか (約1分)、5〜15μg/kg/分で点滴静注(→P234参照) 7.ペルジピン(1A=2mg、10mg):2〜10μg/kg/分で開始し、目的 値まで下がったら以後血圧をモニターしながら点滴速度を調節する。発売されたばか りでまだ適応症は限られているが、作用は強力で副作用は少なく使いやすい。点滴 速度に注意(→P241参照)。 3)降圧剤の選択 1.悪性高血圧:重篤な合併症がなければ、降圧は緊急というほどではなくアダラート、 カプトリルなどの経口降圧剤で十分。48時間までに160/110mmHg、 数日後に150/110mmHgを目標とする。 2.高血圧性脳症:激しい頭痛・悪心・嘔吐ではじまり、意識障害・痙攣発作を生じる 重篤な状態。アダラートをまず舌下で使用する。平均血圧で30%前後の降圧を目 標とする。アポプロンは意識レベルを低下させるので使用しない。又ヒドララジン は脳血流を増加させるので好ましくない。 3.急性左心不全(肺水腫):著しい血圧上昇(afterload)に左心機能が対応しきれず、 肺浮腫を生じた状態である。亜硝酸剤・アダラート・カプトリルなどが使用される。 急性左心不全に対する一般的治療を平行して行う。 4.脳血管障害:脳出血やクモ膜下出血の場合、急性期には血圧上昇が見られることが 多いが、不用意な降圧は脳循環を悪化させる恐れがあるので注意する。収縮期血圧 が200mmHgを越えれば、20〜30%の降圧をはかる。アルフォナードを用 いる。アダラートは脳血流を減少させないので有用であるが、急激な降圧と脳圧の 上昇をきたすことがあるので注意する。レセルピンは効果発現が遅く、意識レベル を低下させるので避ける。 5.解離性大動脈瘤:本症と診断または疑いが濃厚の場合はアルフォナードを用い、収 縮期血圧100〜120mmHgを目標に降圧をはかる。その後、交感神経抑制剤 とβ遮断剤を主体とした経口降圧剤に切り替えていく。 6.妊娠中毒症・子癇:第一選択はアプレゾリン。コントミンも降圧作用と抗痙攣作用 を有し、有用。アルフォナード・カプトリルは胎児を障害することがあるので使用 しない。 7.カテコールアミン過剰による高血圧クリーゼ:α遮断剤(レギチン)を使用する。 同時に出現するβ受容体刺激作用に対し、β遮断剤を併用する。 [参考]悪性高血圧の診断基準 A群 1.拡張期血圧が治療前常に130mmHg以上を示す。 2.眼底がKW4度を示す。 3.急激に進行する腎機能障害があり、腎不全を示す。 4.全身状態の急激な悪化を示し、脳症状・心不全を伴うこと多い。 B群 1.拡張期血圧が130mmHg未満、120mmHg以上で他の 3条件を満たすもの 2.KW3度の高血圧性網膜症で他の3条件を満たすもの 3.腎機能障害はあるが、腎不全には至らないもので他の3条件を 満たすもの ・参考文献 1.降圧剤の上手な使い方 クリニカ Vol.14 No.7 1987 2.循環器薬の使い方 Medical Practice Vol.4 No.9 1987 3.伊賀六一ほか:内科治療ハンドブック 医学書院 1989
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