【消化性潰瘍】
A)治療のポイント
1)消化性潰瘍の治療の基本は心身の安静、食事療法、薬物療法であり、薬物
療法を行う一方、規則正しい食生活、十分な睡眠、禁煙などを指導するこ
とが大切である。
2)潰瘍発生に関与する危険因子として、喫煙、高濃度のアルコール(25%
以上)の摂取、非ステロイド系消炎鎮痛剤の服用、長期大量のステロイド
の内服(30mg/日または総量1000mg以上)などが知られている。
これらは可能であれば減量、できれば中止が望ましい。
B)薬物療法
1)消化性潰瘍の薬物療法に当たっては、潰瘍症例の Heterogeneity を理解、
把握し、それに基づいた薬剤の選択をすることが重要である。
1.ストレス潰瘍、非ステロイド系消炎鎮痛剤投与による潰瘍では、粘膜防御
因子の破綻が潰瘍発生の主因である。
2.十二指腸潰瘍では、攻撃因子(酸・ペプシン)の分泌亢進が主体である。
3.胃潰瘍には攻撃因子の分泌亢進と粘膜防御因子の低下の両者がさまざまな
程度で関与するため、病態の正確な把握のためには胃液検査が必要である
が、高齢者にみられる胃体上部の潰瘍や再発難治性の潰瘍は防御因子の低
下が、若年者の胃潰瘍は攻撃因子が主因のことが多い。
2)薬物療法の実際
1.ヒスタミンH2受容体拮抗剤またはムスカリン受容体拮抗剤が第一選択。
a)原因(ストレス・ショックなど)のあきらかな初発の急性胃潰瘍では瘢
痕期までで投薬を中止する。
b)慢性再発性潰瘍の場合は、治癒期(H2 stage)または赤色瘢痕期(S1
stage)になったところで減量(就寝前のみ投与など)し、白色瘢痕期(
S2 stage)になるまで投薬を続ける。さらに、粘膜防御因子増強剤を6
カ月〜1年続ける。
c)高齢者の潰瘍など防御因子の低下が潰瘍発生の主因と考えられるような
場合には、治療初期から粘膜防御因子増強剤を併用する。
C)消化性潰瘍薬の種類
1)酸分泌抑制剤
1.ヒスタミンH2受容体拮抗剤:強力な酸分泌抑制剤で、単独投与でも従来の
治療法にはるかにまさる治癒が得られ、現在のところ第一選択の抗潰瘍剤。
しかし、驚異的な治癒効果の反面、中止後の再発率が高いことが問題。中
止時は漸減し、他の防御因子強化剤などへ切り替えていくのが望ましい。
長期投与に対する安全性はまだ確立されていない。副作用として、白血球
減少、血小板減少、肝機能異常が知られている。また主として腎より排泄
されるため、腎機能低下例では用量を減量する。さらに、タガメットでは
精神症状、抗アンドロゲン作用、肝のP450活性阻害によるクマリン系
抗凝固剤の作用増強、ベンゾジアゼピン誘導体の半減期延長などの副作用
もあり注意が必要。他の薬剤にはこれらの副作用は少ないとされている。
本剤は急性胃炎にも使用できるが用量は半分まで。潰瘍発生を抑えるため
には夜間の酸分泌を低下させることが大切なので、1日2回投与の場合は
朝食後と就寝前、1回投与の場合は就寝前のみが望ましい。
*タガメット(シメチジン)1T=200mg。4T/2〜4×1。
注射は1V=200mg。1回200mg、1日4回IVorDIV。
*ザンタック(ラニチジン)1T=150mg。2T/1〜2×1。
注射は1V=50mg。1回50mg、1日3〜4回IVorDIV。
*ガスター(ファモチジン)1T=20mg。2T/2×1。
注射は1V=20mg。1回20mg、1日2回IVorDIV。
*アルタット(ロキサチジン)1P=75mg。150mg/2×1。
2.選択的ムスカリン受容体拮抗剤:三環系抗うつ剤に類似の構造を持つが、
非脂溶性のため、脳には作用しない。本剤の薬理効果は多岐にわたり、選
択的ムスカリン受容体拮抗作用の他、G細胞のガストリン分泌抑制作用、
粘膜血流、粘膜防御増強作用も有しており、H2ブロッカーにつぐ攻撃因子
抑制剤として位置づけられている。
*ガストロゼピン(ピレンゼピン)1T=25mg、1日3〜4T。
3.抗コリン剤:ムスカリン受容体(副交感神経節後線維末端から遊離される
アセチルコリンの受容体)の拮抗剤で、壁細胞以外のムスカリン受容体と
も結合して副交感神経の効果を遮断するので、口渇・瞳孔散大・動悸・鼓
腸・便秘・排尿困難などの副作用を有する(逆にこれらの副作用が出ない
量では酸分泌抑制作用も期待できない)。
a)3級アミン:腸管からの吸収良好。BBBを通過して中枢神経興奮作用
を有する。胃液分泌抑制作用は弱く、主に鎮痙剤として使用される。
*ロートエキス 1回10〜30mg、1日1〜3回。
*硫酸アトロピン 1T=0.5mg 3T/3×1。
*コランチル(1g中に酸化マグネシウム200mg、水酸化アルミニ
ウムゲル400mg含有)1回1〜2g、1日3〜4回。
*イリコロンM(塩酸ピペタネート、アカメシガワ有効成分含有)
6T/3×1、下部消化管に比較的有効。
b)4級アンモニウム塩:消化管からの吸収がかなり悪いので、非経口投与
が望ましい。3級アミンに比して鎮痙作用が少し強く、非脂溶性のため
中枢神経作用はない。本剤は、薬理作用としては分泌、運動抑制効果双
方が認められるが、常用量では逆に胃排泄促進作用を示すことが報告さ
れ、防御因子としても期待できると考えられるようになった。
*ブスコパン:1T=10mg、1回1〜2T、1日3〜5回。注射は
1A=20mg、1回10〜20mg皮下・筋・静注。
*コリオパン:1回10mg、1日3回、錠剤(10mg)、カプセル
(5mg)、顆粒(2%)がある。
*メサフィリン:1g中に主成分の臭化プロパンテリン15mgの他、
銅クロロフィリンナトリウム30mg、ケイ酸マグネシウム831.2
mgを含む。1回1g(4T)1日3〜4回。
*トランコロン:1T=7.5mg、1回2T、1日3回。下部消化管に
比較的選択的に作用するといわれる。
4.消化管ホルモン剤
*セクレパン(セクレチン):ガストリン分泌抑制作用のほか、胃幽門
腺領域粘膜からの重炭酸塩の分泌を高める作用を有する。しかし、半
減期が非常に短く、数分で賦活化されるので原則として持続点滴で使
用する。1V=50単位、1日100〜400単位。
2)制酸剤:H2受容体拮抗剤が主流となっている現在でもほぼ同等の治療効果
を有するとの報告もあり、消化性潰瘍初期疼痛の治療と維持療法に用いら
れている。吸収性の重曹・Ca剤と非吸収性のMg剤・Al剤がある。
1.炭酸水素ナトリウム(重曹):速効性だが、胃内停滞時間が短く、吸収さ
れるため大量投与でアルカローシスをきたす。また牛乳との併用を長期間
続けるとミルク・アルカリ症候群をひきおこす。さらにNaを含むため体
液貯留傾向がみられることなどから最近ではあまり用いられない。
2.カルシウム剤:強力な中和作用を有するが、投与量の16%が吸収され、
高Ca血症、ガストリン放出亢進がみられ、酸のリバウンド現象が引き起
こされることから一部配合剤に含まれるのみでほとんど使用されない。
3.アルミニウム剤:制酸力は弱いが、粘膜親和性が良好であり、粘膜保護、
ペプシン不活化作用を有する。便秘、浮腫などのほかテトラサイクリン系
抗生剤、ジゴキシン、プロプラノロールなど吸収阻害に注意。また腸管か
らのリン酸イオンの吸収を阻害するため、長期投与の場合低リン酸血症、
さらに骨軟化をきたすことがある。
*アルミゲル(乾燥水酸化アルミニウムゲル) 2〜3g/日
*アドソルビン(天然ケイ酸アルミニウム)3〜10g/日。主に下痢
症に対して使用される。
4.マグネシウム剤:遅効性で作用が長く、緩下作用があるため便秘傾向を有
する症例に適する。わずかながら吸収され尿中に排泄されるので尿路結石
の合併や腎不全患者では高Mg血症をきたすことがある。また抗生剤、ス
テロイド、タガメットなどの吸収障害に注意。
*酸化マグネシウム 1g/日。下剤として使用する場合は4gまで。
5.合剤
*アランタ:1g中メタケイ酸アルミン酸マグネシウム900mgと粘
膜防御剤のアルジオキサを100mg含有。1回1g1日3回。
*ネオ・ユモール:1g中メタケイ酸アルミン酸マグネシウム930m
gと甘草抽出物70mg含有。1回0.5〜1g 1日3〜4回。
*マーロックス:1ml中水酸化アルミニウム560mg、酸化マグネ
シウム40mgを含有。速効性で逆流性食道炎、消化管出血などに広
く使用されている。1回4〜8ml、1日4〜6回。
*ナシッド:ヒドロタルシド 1回1〜2g、1日3〜4回。
3)粘膜防御因子・調節因子増強剤
1.粘膜抵抗増強剤
a)病巣保護剤
*アルサルミン 1回1〜1.2g 1日3回 空腹時投与。
抗ペプシン、粘膜保護剤:胃粘膜や潰瘍、ビランの白苔と化学的結合
して保護膜を作り、酸に対する保護作用に加えて抗ペプシン作用を示
す。併用他剤の吸収障害と便秘に注意。
*マーズレンS 1回0.5g 1日3〜4回。
粘膜被覆、収斂、粘滑作用に加え、炎症抑制作用を持つ。
*アルロイドG 潰瘍に対しては1回20〜40ml、毎食前投与。逆
流性食道炎には1回10〜20ml、1日3〜6回。
褐藻から抽出された多糖体(アルギン酸ナトリウム)で粘膜保護作用
に加え止血作用を有するので、特に出血性病変に用いられる。
b)組織修復促進剤:作用機序のあきらかでないものが多いが、結合組織の
合成促進、細胞賦活作用などがあげられている(表1参照)。
*ゲファニール(1P=100mg)1日2〜3P/2〜3×1。
*アランタ 1g中アルジオキサ100mgと制酸剤を含有(上述)
2.粘液産生分泌促進剤
*プロミド顆粒 1日1.2〜1.6g/3〜4×1
粘液中のhexosamine合成などを著増するほか、ガストリンによる酸分
泌を抑制するとされている。
*セルベックス(1P=50mg) 1日150mg/3×1食後服用。
樹木の香に含まれるテルペン系の物質(テプレノン)で、粘液産生増
加の他に粘膜内PGE2の増加作用や粘膜微小循環の改善作用などが知
られている。
3.微小循環改善剤:粘膜血流は防御因子の中で最も重要な因子の1つで、こ
れを維持・増加させることにより粘膜再生や粘液の増加をはかる。防御因
子の多くのものはこの作用を有する。
*ケルナック(1P=80mg) 1日240mg/3×1。
一般名プラウノトール。タイの植物plau-noiより抽出された薬剤で、
アスピリン潰瘍に対する予防効果はゲファニール、ノイエルより高い。
*アプレース(1T=100mg) 1日300mg/3×1。
一般名トロキシピド。毒性がきわめて低い。
*ノイエル(1P=200mg)1日600〜800mg/3〜4×1。
一般名塩酸セトラキサート。血流改善作用のほか、抗ペプシノーゲン、
抗カリクレイン作用を有している。また抗プラスミン効果も有するた
め、脳血栓・心筋梗塞・血栓性静脈炎などには使用しない。
*ドグマチール(1T=50mg)1日150mg/3×1。
一般名スルピリド。情動に関与する視床下部交感神経中枢作用により
胃血流を改善する。抗うつ作用も有するため、軽症のうつ病にも使用
される。ときに錐体外路症状の出現を見るので注意。
4)その他
1.プロスタフランディン製剤:胃粘膜細胞内に存在するプロスタグランディ
ンのうち、PGE1、PGE2、PGI2には酸分泌抑制作用および細胞保護
作用があるため、新しい抗潰瘍剤として注目されている。
*アロカ(1P=2.5μg)1回5μg、1日4回食間および就寝時。
一般名オルノプロスチル。プロスタグランディンE1誘導体で、強力な
胃粘膜血流増強作用と酸分泌抑制作用を有する。
[参考]粘膜防御因子増強剤の作用スペクトラム
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粘 粘泌 粘 細 十
膜増 液改 膜改 胞 二防
抵強 産善 血善 保 指御
抗作 生作 流作 護作 腸作
商品名 一般名 用 分用 用 用 用
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ゲファニール ゲファルナート ○ ○ ○ ○
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アルサルミン サクラルフェート ○
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プロミド プログルミド ○
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アランタ アルジオキサ ○
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ノイエル 塩酸セトラキサート○ ○
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ドグマチール スルピリド ○
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セルベックス テプレノン ○ ○ ○
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セクレパン セクレチンン ○ ○ ○
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・参考文献
1.これだけは知っておきたい薬の使い方 Medicina Vol.24 No10 1987 医学書院
2.水島 裕ほか:今日の治療薬 89年版 南江堂 1989
3.伊賀六一ほか:内科治療ハンドブック 医学書院 1989
4.消化性潰瘍とその周辺 Medicina Vol25 No3 1988 医学書院
5.多賀須幸男ほか:消化管用薬の選び方・使い方 医学書院 1986
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