【脳血管障害】

A)共通した治療方針(総論)
 1)脳浮腫を増悪させないために、行うべき処置
  1.グリセオ−ル(の使用:300ml〜500ml×3/日(250ml/
   hrを目安に)。グリセオ−ルには生食と同量のNaClが含まれるので
   注意!
  2.進行性脳浮腫のため生命予後が脅かされる時と、手術の前処置の場合に限
   り、20%マンニト−ル300ml/30分(1日最大4本まで)を使用。
  3.脳出血で、ヘルニアに進行する恐れのある時に限り、デカドロン8mg静
   注。その後6時間毎に4mg静注を追加投与する(副作用に注意)。
 2)脳浮腫を増悪させないために、以下の点に注意する。
  1.電解質を含まない補液(5%グル・マルトス10など)は脳浮腫を増悪す
   るので使用禁。補液は2号または3号液を使用する。
  2.血管拡張剤(アダラ−ト舌下など)による降圧は、脳圧を上げるので慎重
   に使用する。
  3.PaO2≦50torr、PaCO2≧50torrの状態は、いずれも脳圧が亢
   進するので早急に補正する。一方、PaO2≧150torrではフリーラジ
   カルが増加し、PaCO2≦25torrでは脳血流量が減少するので、
   PaO2は80〜120torr、PaCO2は30〜40torrに調整する。
 3)合併症を予防する。
  1.消化管出血:H2 ブロッカ−を使用(保険は通らない)。
  2.肺炎:適切な気道確保。起こったら抗生剤(嚥下性肺炎に準じる)。
  3.尿路感染症:留置カテを使用するので必発→膀胱洗浄(ブロノゾール)。
   抗生剤の予防投与は原則として行わず、感染が明らかなときに使用する。
  4.心不全・心筋梗塞:心疾患の既往のある患者では注意!
  5.その他:しばしば電解質異常、まれに全身動脈血栓、腎不全、DIC、
   SIADH、尿崩症などを合併する。
 4)血圧の管理
  1.クモ膜下出血では、発症前の20%程度低めに調節(不明の時は160〜
   120/90を目安に)。
  2.脳出血では220/120以上の極端な高血圧以外は、通常降圧は不要。
  3.脳梗塞、TIAでは、降圧は原則として禁忌!。第一選択は、アポプロン
   1/2A〜1A1回筋注。アダラ−トはよくよくの覚悟で使うべし!
 5)抗痙攣剤
  1.脳梗塞、脳内出血では、痙攣が起こらない限り使用しない。
  2.クモ膜下出血では、予防的に使用する(現実には転送を優先し、使用しな
   くてもよいことが多い)。アレビアチン(P223)250mg/日を静
   注(5分以上かけて)。
 6)抗凝固薬、抗血小板薬:急性期には原則として使用しない。

A)クモ膜下出血(SAH:Subarachnoid Hemorrhage)
 1)原因
  1.脳動脈瘤破裂:40〜60才に多い。SAHの50〜80%。
  2.動静脈奇形:20〜40才に多い。SAHの5〜10%。
  3.その他:頻度はかなり低い。脳血管障害(モヤモヤ病)、脳腫瘍(多発性
   神経膠芽腫・脈絡叢乳頭腫・下垂体腺腫・転移性脳腫瘍・髄膜腫・松果体
   腫・聴神経鞘腫)、中枢神経感染症(脳膿瘍・各種脳髄膜炎・静脈洞血栓
   症)、血液疾患(白血病・溶血性貧血・凝固因子障害)
 2)臨床症状及び徴候
  1.クモ膜下出血の症状
   a)突発性!
   b)後頭部に強い傾向を持つ頭痛(頭をハンマ−で殴られたような痛み)。
    頭痛は必ずしも激痛でなく、意識障害もなく、発症が急激であることの
    みが主要症状であるものもある。この形のSAHは、疑わなければ診断
    が困難であるので、頭痛の鑑別診断には必ずSAHを入れる。
   c)ほとんどの例で発作時より悪心・嘔吐を伴う。
   d)種々の程度の意識障害を伴う。
   e)痙攣発作は約10%にみられる。
   f)髄膜刺激症状(項部硬直・Kernig徴候):発症後24時間するとほぼ全
     例で見られるようになるが、数時間〜半日位は約半数では認められない。
   g)典型的には次の3つのどれかに相当する形で発症する。
    1)激しい頭痛が起こり、即座に意識を失う。
    2)激しい頭痛のみで、意識は保たれる。
    3)突然意識障害に陥る。
   h)眼底検査における網膜前出血、硝子体下出血。
   2.原因疾患の症状
   a)脳動脈瘤破裂
    1)内頚動脈から後交通動脈が分岐する部(ICPC):動眼神経麻痺
    2)前交通動脈(Acom):一過性の下肢の麻痺、精神症状、無言無動
     症(akinetic mutism)
    3)中大脳動脈(MCA):片麻痺、失語
    4)内頚動脈(IC):一側性の視力障害
   b)動静脈奇形:てんかん・失神発作の既往、片麻痺、頭部聴診で血管雑音
 3)診断
  1.クモ膜下出血の確定診断はCT。CTで、SAHの90%は診断可能。
  2.補助診断法
   a)腰椎穿刺:CTにて診断のつかないときのみ施行する。
   b)頭蓋単純X線写真:動脈瘤、動静脈奇形の石灰化等が見えることがある。
   ハ)脳血管撮影:原因、治療方針の決定には不可欠。しかし、当院において
    は原則として行わず、他施設に依頼する。
 4)治療
  1.救急処置を行い、その後に以下の治療を行う。
  2.脳圧を下げる(総論参照)。
  3.血圧のコントロ−ル:基本的考え方は総論参照。急激な血圧低下は、脳潅
   流低下に基づく広範な脳梗塞を起こすので注意する。
   a)アポプロン:1/2〜1A1回筋注。
   b)上記にて目標血圧にならないときは、(実際はその方が多い)
    1)アルフォナ−ド:500mg/生食100mlを6〜60ml/hr
     =0.5〜5mg/分で使用(P222参照)。
    2)アダラ−ト:1/2cap〜1cap舌下投与。アダラ−トは、急速
     に血圧を下げすぎ、また血圧低下がときに著し過ぎるので、投与にあ
     たっては慎重に行う。
  4.クモ膜下出血は基本的に外科的疾患であるのでできるだけ早く脳神経外科
   専門医に転送する。

C)脳内出血
 1)概説
   ほとんどは、高血圧性脳内出血であるが、クモ膜下出血の項で述べたすべ
   ての疾患が脳内出血の原因となりうる。突然の頭痛、嘔吐、意識障害(脳
   室穿破のときに伴い易い)などの脳内出血に共通した症状のほかに、出血
   部位による特徴的症状が出現する。
  1.被殻出血
   a)病巣対側の片麻痺(単麻痺もありうる)。
   b)病巣対側の半身感覚異常(感覚脱失がもっとも多い)。
   c)同名半盲。
   d)優位半球障害のとき(多くは右片麻痺があるとき)は失語症。
   e)劣位半球障害のとき(多くは左片麻痺のあるとき)は左半側空間無視。
    f)病態失認など。
   g)病巣を睨む共同偏視。
       注)左半側空間無視と病態失認:何れも失認の一種。前者は半盲等はなく
      とも自分の左にあるものを無いものとしてしか認識できない状態で、
      後者は麻痺があるにもかかわらず自分では無いと認識しているために
      転倒したりする状態。失行失認のなかで有名な Gerstmann症候群は優
      位半球角回の障害にて起こる。
  2.視床出血
   a)病巣対側の片麻痺(単麻痺もありうる)。
   b)病巣対側の半身感覚異常(感覚脱失がもっとも多い)、知覚障害のほう
        が強いこともある。
   c)両眼の強制下方偏位(上方視制限による)、または病巣の対側を睨む共
    同偏視。
  3.橋出血
   a)高度の意識障害。
   b)四肢麻痺。
   c)除脳固縮。
   d)対光反射を有するpinpoint pupil。
   e)正中位固定眼位。
  4.小脳出血
   a)突然の頭痛、めまい、嘔吐にて発症。
   b)意識障害はないことも多い。
   c)同側橋の圧迫症状(健側を睨む共同偏視・同側顔面神経麻痺・同側外転
    神経麻痺など)。
   d)麻痺は無いことが多い。
   e)著しい体幹失調。
   注)本症は麻痺がなく、四肢の失調が無いため、しばしば頭位めまい・メ
     ニエール病などと間違われやすい。指鼻試験、踵膝試験も体幹性失調
     なので出ないことが多い。歩行させると出来ないのが特徴であるが、
     ひどい内耳性めまいでも当然歩行不能となるので、頭痛、嘔吐を伴う
     めまいでは本症を疑いCTを行うべきである。
 2)診断
  1.CTにつきる。
  2.テント上および小脳の病変はCTにてほぼ100%診断可能。
   症状より脳幹部の出血が疑われるとき(意識障害が強く、ル−チンのCT
   では出血がはっきりしない時)は、脳幹部をねらってCTをとる。
  3.障害が予想される部位は5mm間隔でCTをとることも時に必要となる。
 3)治療
  1.救急処置を行い、その後に以下の治療を行う。
  2.脳圧を下げる(総論参照)。
  3.血圧のコントロ−ル
   脳出血時の降圧は220/120以上の極端な高血圧時以外は慎重に。
   脳出血の際の降圧は未だ議論が多いが、他の疾患のように[血圧が高い即
   アダラ−ト舌下]のような短絡的発想で治療を行わないことが大切。脳出
   血の場合、脳血流を維持するために血圧があがっていることもしばしばあ
   る。アダラ−ト舌下直後に呼吸停止をきたすこともある。
  4.できるだけ早く脳神経外科専門医に転送する。

D)脳梗塞
 1)定義:24時間以内に完全に神経症状が消失するものをTIA、24時間
   以上持続するが3週間以内に消失するものをRIND、3週間以上持続す
   るものを脳梗塞とする。
 2)症状
  1.一般的症状
   ない!。梗塞の部位、広さなどにより極めて多彩な症状を示しうる。
  2.各部位の特徴的症状
   a)中大脳動脈症候群
    1)対側の片麻痺と錐体路徴候。
    2)対側の感覚脱失。
    3)同名半盲。
    4)優位半球障害のとき(多くは右片麻痺があるとき)は失語症。
    5)劣位半球障害のとき(多くは左片麻痺のあるとき)は左半側空間無視、
          病態失認など。
    6)一般に、広汎な出血性梗塞以外は意識障害は軽度。
   b)前大脳動脈症候群
    1)対側の片麻痺(下肢に強く、下肢のみのこともある)と錐体路徴候。
    2)尿失禁、精神症状など。
    3)側副血行路が発達しているため、無症状のこともある。
   c)頚動脈症候群
    1)時に無症状。
    2)症状が出るときは中大脳動脈全体の閉塞症状。
    3)各動脈の境界領域の障害症状がでることもある。
   d)後大脳動脈症候群
    1)反対側上1/4半盲。
    2)記憶喪失。
    3)失読。
   e)椎骨脳底動脈症候群(一側性の橋または小脳の障害)
    1)同側性運動失調。
    2)対側片麻痺、感覚障害(錐体交叉より下では交代性片麻痺になる)。
    3)眼振、回転性めまい、嘔吐、難聴、耳鳴り。
    4)核間性眼筋麻痺(輻輳は正常だが、外側注視ができない)。
    5)軟口蓋ミオクロ−ヌス。
    6)高度閉塞では両側性の徴候(橋出血とほぼ同じ)。
    7)この動脈の閉塞においては、Wallenberg 症候群など種々の症候群を 
          引き起こすが、頻度は低い。
   f)小脳梗塞
    1)回転性めまい、嘔吐、方向交代性眼振。
    2)四肢の運動失調(踵膝試験、指鼻試験が陽性になることが多い)。
    3)脳幹圧迫症状(共同偏視・同側三叉神経麻痺・同側顔面神経麻痺など)
     脳幹圧迫症状は急変の前兆となることが多いので注意!
 3)診断
  1.脳血管障害のなかで唯一臨床診断がCTに優る疾患。
  2.注意深い問診と、神経学的所見により診断する。
  3.CTは6時間以上経たないと出ないことが多いが、その後の変化を見る上
   でも、急性期にも必ずとる。
 3)治療
  1.救急処置を行い、その後に以下の治療を行う。
  2.脳圧を下げる(総論参照)。
  3.血圧のコントロ−ル。原則として下げない。
  4.抗凝固療法
   a)出血性梗塞を誘発する危険性があるので適応は厳密に守る。
    脳栓塞でないこと、出血性梗塞でないことが最低条件。
   b)ウロキナ−ゼ6〜30万単位、1回静注、7日間。
  5.外科的治療適応の判断を請うため、脳神経外科医と連絡を取る。

E)一過性脳虚血発作(TIA)
 1)概説
   脳の循環障害によるさまざまな症状が急速に出現し、短時間のうちに(一
   般的に24時間以内)その症状、徴候が完全に消失する臨床病態。潰瘍性
   アテローマ由来の微小塞栓や脳血管不全などがその原因と考えられている。
   約20〜30%が、数年以内に脳梗塞に移行するため脳梗塞の前駆症状と
   考えられている。治療によりある程度抑制することが可能であり、適切な
   治療が重要。
 2)症状
  1.内頚動脈系TIAの症状:一側上下肢の脱力や感覚障害、失語、失算、同
   名半盲、一過性黒内障など。
    2.椎骨脳底動脈系TIA:種々の組み合わせの上下肢脱力感や感覚障害、同
   名半盲、失調、平衡障害など。
  3.TIAとは考えにくい一過性症状:意識障害(失神を含む)、強直性およ
   び間代性けいれん、マーチする感覚障害、回転性めまいのみなど。
  3)診断
  1.問診が特に重要(発作の持続時間・回数・間隔・誘因など)。
   患者の供述のみから診断しなければならないことも少なくない。
    2.神経学的所見のほかに、頚動脈および眼窩部の血管雑音の聴取、心疾患そ
   の他の動脈硬化性疾患の検索、眼底所見の評価などが重要。
    3.鑑別診断上、CT、脳波などは必須。
  4.鑑別すべき疾患:てんかん、メニエール症候群、耳性めまい、脊椎変形症
   による脊髄末梢神経障害、片頭痛、代謝性脳症、ヒステリーなど。
    5.原因疾患の診断のためには、脳血管造影、眼球脈波、超音波検査などが必
   要であるが当院では行っていないので専門施設に依頼する。
    6.その他、心疾患、動脈硬化、高血圧、糖尿病、脂質代謝障害などの危険因
   子の評価などが必要。
4)治療
  1.非発作時は、症状がないため過小評価しやすいが、患者の2〜3割は脳梗
   塞へと進展するため、できるだけはやく適切な治療を開始することが必要。
    2.最終発作後間もない場合は、入院を原則とし、脳梗塞急性期に準じた安静
   度とする。脱水に注意し、不用意な降圧療法は厳禁。
    3.内科的療法
   a)血小板凝集抑制剤:アスピリン、パナルジンなどを使用する。
    小児用バファリン 1T/日 
    または、パナルジン 2〜3T/2〜3×1
      b)抗凝血薬:CTで出血性病変がないことを確認後、ヘパリン1万単位〜
    2万単位/日の持続点滴で開始(APTTを1.5〜2倍に保つ量)し、
    症状が安定したら、ワーファリンによる抗凝固療法へと移行する。
    4.外科的療法
   塞栓源除去、循環動態改善の目的で、血栓内膜除去術、頭蓋内外血管縫合
   術などが行われてきたが、最近ではTIAに対する外科的療法に対しては
   否定的な意見が多い。


・参考文献
 1.田崎義昭ほか:神経病学(NIM LECTURE) 医学書院 1987
 2.五十嵐正夫ほか:内科レジデントマニュアル 第二版 医学書院 1987
 3.太田富雄ほか:Introductory textbook of neurosurgery(脳神経外科学)
   第3版 金芳堂 1979
 4.福井圀彦ほか:脳卒中最前線 医歯薬出版 1987
 5.Martin AS(平山恵造ほか訳):神経内科治療マニュアル 第3版 MED
   Si 1988
 6.梅山馨ほか:救急治療の実際 第2版 世界保健通信社 1984
 7.田崎義昭ほか:ベッドサイドの神経の診かた 第10版 南山堂 1977
  8.脳血管障害のトピックス Medicina Vol.21 No.11 1984 医学書院
  9.脳卒中up−to−date Medicina Vol.25 No.1 1988 医学書院
 10.ハリソン内科書 第10版 3519-3612. 1985
 11.太田怜ほか:内科医のための図解救急処置 医学書院 1982
 12.峰末一夫:一過性脳虚血発作 Medicina Vol.26 No.7 医学書院 1989
 13.海老原進一郎ほか:脳卒中ビジュアルテキスト 医学書院 1989

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