【日常診療レベルで検出される微生物について】 A)グラム陽性球菌 1)ブドウ球菌 1.黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus) 強い病原性を有する。皮膚軟部組織感染症の代表的起炎菌。 2.表皮ブドウ球菌(Staphyolococcus epidermidis) 人の皮膚などの有力な常在菌。希に起炎菌となることもある。 3.腐生ブドウ球菌(Staphylococcus saprophyticus) 若い婦人の膀胱炎の起炎菌となることもある。耐性菌は少ない。 ※MRSAを除きビクシリンS、セファメジンなど。 ※MRSAはミノマイシン、セフメタゾン、ホスミシン、コスモシン、 チエナム、タリビットなど。 2)レンサ球菌(Streptococcus) 1.化膿レンサ球菌(S.pyogenes) A群溶血(β)レンサ球菌の代表的な菌。AOSなどを産生する病原性レ ンサ球菌。猩紅熱、丹毒、蜂窩織炎、膿皮症、咽頭炎、扁桃炎、気管支肺 炎、中耳炎などを起こす。治癒後二次的にリウマチ熱、関節リウマチ、急 性糸球体腎炎などを起こすことがある。 2.S.agalactiae B群溶血(β)レンサ球菌で、腟内に常在するため産道感染により、新生 児の髄膜炎、肺炎、敗血症の起炎菌となる。 3.S.sanguis(α溶連菌)、S.salivarius(γ連鎖球菌) 口腔内の常在菌。緑色レンサ球菌(S.viridance)とも呼ばれ、細菌性心内 膜炎の起炎菌となる。 4.肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae) 旧名:肺炎双球菌(Diplococcus pneumoniae)。 呼吸器感染症の代表的起炎菌。インフルエンザウイルスなどの感染により、 気管支粘膜上皮細胞が傷害されると自家感染し肺炎を起こす。小児では、 髄膜炎の主要原因菌の一つで、中耳炎、副鼻腔炎を起こすこともある。 ※化膿レンサ球菌に対しては、ペニシリン系薬剤が第一選択。第三世代 セフェム系も有効であるが、使うべきではない。 ※肺炎球菌にはペニシリナーゼ産生菌がまだ発見されていないため、ペ ニシリン系薬剤が第一選択。内服用セフェム系薬剤は肺組織への移行 が、ペニシリン系に劣るため適当でないが、重症例では第二世代セフ ェムが適応となる。アミノグリコシド系は効かない。 3)腸球菌(Enterococcus):従来はStreptococcus属に含まれていたが独立し た。8菌種が知られているが、重要なのは以下の3菌種である。 1.大便レンサ球菌(E.faecalis) 2.ヘシウム菌(E.faecium) 3.アビュウム菌(E.avium) 人の腸管内、尿道口、外性器、口腔などに常在している。病原性は低いが、 希に細菌性心内膜炎、敗血症、髄膜炎、尿路感染症、胆道感染症を含む腹 腔内感染症の起炎菌となることがある。 ※E.faecalis はペニシリン耐性菌はほとんどないため、ペニシリン系薬 剤(ABPC)が、第一選択。その他の薬剤では、ミノマイシン、チ エナムなどが適応となる。 ※E.faecium はペニシリンのみならず、すべてのβラクタム剤に高度耐 性を示すため、ミノマイシン、エリスロマイシン、タリビット、ダラ シンPなどが適応となる。 ※E.avium もほとんどの株がペニシリンに耐性であり、ミノマイシン、 タリビット、バクタなどが適応となる。 B)グラム陽性桿菌 1)バシラス 1.炭疽菌(Bacillus anthracis) 炭疽の病原菌。主に草食動物(ヒツジ・ウシ・ウマ・ヤギなど)の間で発 生する伝染病で急性の侵入局所の潰瘍と敗血症を特徴とする。人の炭疽菌 感染は動物に接触する機会の多い獣医師、牧畜業者、毛皮業者などに見ら れる。皮膚炭疽、肺炭疽などを発症するが希。 ※ペニシリンが第一選択。弱毒生菌ワクチンがある。 2.セレウス菌(Bacillus cereus) 希に米飯のなかで増殖し、食中毒を起こす。βラクタマーゼを産生するの で、βラクタム剤の治療中に菌交代現象で日和見感染を起こすこともある。 2)リステリア菌(Listeria monocytogenes) 小児、老人で化膿性髄膜炎、敗血症を起こすことがある。成人では感染防 御能の減退した患者で本菌による感染が認められる。 ※アンピシリンが第一選択。ゲンタマイシンの併用がより効果的。ミノ マイシンも有効(但し、新生児には骨への影響を考慮し避ける)。 3)コリネバクテリウム(Corynebacterium sp) 1.ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae) ジフテリアの起炎菌。人が唯一の宿主で、菌は通常鼻咽腔に存在する。伝 染は患者または保菌者からの飛沫感染で、小児の罹患が多い。菌は局所の みで増殖するが、強い菌体外毒素を産生する。 ※抗毒素による治療が主体でペニシリンまたはエリスロマイシンを併用。 C)グラム陽性嫌気性球菌 1)ペプトコッカス(Peptococcus) 1.ペプトコッカス Anaerobic Staphylocociiの異名をもつ。 2.ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus) Anaerobic Streptocociiの異名をもつ。1.2.ともに口腔、上気道、腸管、 腟および皮膚の常在菌であるが、脳膿瘍、敗血症、創傷感染、腹部術後感 染などの起炎菌となる。粘膜面に多いのでそれが傷つけられたとき炎症の 原因となり易い。 ※ともに各種抗生剤に高感受性で、治療上ほとんど問題とならない。 D)グラム陽性嫌気性桿菌 1)クロストリジウム(Clostridium) 1.クトストリジウム・デフィシール(C.difficile) 各種抗生物質の使用中または使用後に本菌の産生する毒素(エンテロトキ シン)により発症する偽膜性腸炎が注目されている。培養困難なため、エ ンテロトキシンを検出するCDチェックにより診断する。 ※バンコマイシンが最も有効であるが、高価で再発例も少なくない。や や有効性は劣るが、コレスチラミンも軽症例では用いられる。 2.破傷風菌(Cl.tetani) 破傷風の病原体。土に汚染された傷口の小さく深い創傷(足の刺傷、交通 外傷など)に、ぶどう球菌などの感染が起こり、組織が局所的に破壊され ると血行が止まり、嫌気状態が作られる。そこで、破傷風菌が増殖を開始 し、地上最強の菌体外毒素(テタノスパスミン)が産生される。 3.ボツリヌス菌 典型的な毒素型食中毒の起炎菌。ヘドロの中に多い。本菌の産生する毒素 は破傷風毒素と並んで地上最強の毒性物質である。 ※抗毒素による血清療法を行うが、発症後の効果は大きくない。 4.ガス壊疽菌 ウェルシュ菌(Cl.perfringens)、悪性水腫菌(Cl.septicum)、気腫疽菌 (Cl.chauvoei)、ノビイ菌(Cl.novyi)が知られている。いずれも土の中 に広く分布しており、土に汚染された組織障害の大きい外傷後にガス壊疽 を起こすことがある。またウェルシュ菌の耐熱性株は感染型の食中毒を起 こす。 E)グラム陰性通性嫌気性桿菌 1)ヘモフィルス ヘモフィルス・インフルエンザ(Haemophilus influenzae)が有名。口腔 内に常在する細菌で、感染防御機構が局所的に低下したときに発症する( 自家感染)。従って気道・呼吸器感染症、鼻・副鼻腔炎、化膿性中耳炎、 化膿性髄膜炎などの起炎菌となる。他に、眼瞼炎の起炎菌となるヘモフィ ルス・アエギプチウス(H.aegyptius)と軟性下疳の起炎菌であるヘモフィ ルス・ドゥクレイ(H.ducreyi)がある。 ※ABPC、ミノマイシンが有効であるが、耐性プラスミドを有する臨 床分離株が10〜30%認められるようになった。従って、内服では、 オーグメンチン、ユナシン、タリビット、セフスパンなどを用いるの が無難。注射薬では第三世代セフェムが著効する。 2)大腸菌(Escherichia coli) 腸管内常在菌。生体と共生・発症の二面を有する。尿路、腹腔内感染症の 代表的起炎菌。 ※多くの臨床分離株は耐性因子(Rプラスミド)を持つため、ABPC に60%、アミノグリコシドに約30%、第一世代セフェムには10 〜20%は耐性。第三世代のセフェムは耐性因子の支配するβラクタ マーゼでは加水分解されないので著効する。経口剤ではタリビットが、 優れている。 3)シトロバクター(Citrobacter) シトロバクター・フレウンデー(C.freundii)、シトロバクター・デヴェ ルズス(C.diversus)の2菌種が知られている。尿、喀痰、胆汁から検出 されることが多い。前者は第三世代セフェムも含め、多剤耐性菌が多いた め、菌交代症の起炎菌としても重要。第三世代セフェムの乱用により、本 菌による感染症が今後増加する恐れがある。 ※アミノグリコシド、第三世代セフェム、ミノマイシンなどから感受性 のある薬剤を使用する。 4)クレブジエラ(Klebsiella) 肺炎桿菌(K.pneumoniae)が代表的菌種。他に、クレブジエラ・オキシト カ(K.oxytoca)が病原性を有する。気管支肺炎、中耳炎、尿路感染、髄膜 炎、腹膜炎、敗血症などの原因となる。 ※肺炎桿菌は、ペニシリナーゼ産生遺伝子を持つため、ペニシリン系は ききにくい。第二世代以降のセフェム系薬剤が適応となる。内服では オーグメンチン、ユナシン、タリビットを用いる。 ※クレブジエラ・オキシトカは、セファロスポリナーゼ的色彩の強いβ ラクタマーゼを産生するため、セフメタゾンなどセファマイシン系の 薬剤か、タリビットが推奨される。 5)エンテロバクター(Enterobacter) 水、土、下水、人の腸管内にも常在する弱毒菌。エンテロバクター・クロ アカエ(E.cloacae)、エンテロバクター・エロゲネス(E.aerogenes)が 代表的菌種で、免疫不全患者における続発性感染症(敗血症・髄膜炎)や 複雑性尿路感染症、胆道感染症、腹膜炎などの起炎菌となる。消毒剤にも 抵抗性のため、院内感染の原因となり易い。染色体性にセファロスポリナ ーゼ型のβラクタマーゼを産生する。また薬剤が存在すると酵素産生量が 増加し、この酵素は高い結合親和性を持つため酵素に薬剤が奪われ作用点 に到達できないため、ほとんどのセフェム系抗生剤に対し高度耐性を示す。 ※アミノグリコシド、第三世代セフェム系から本菌に有効なものを使用 する。第三世代セフェム耐性のエンテロバクターに対してはニューキ ノロン系(タリビットなど)を試みる。 6)セラチア(Serratia) セラチア・マルセッセンス(S.marcescens)が代表的菌種。染色体性のβ ラクタマーゼ、しかも誘導型を産生する。本菌も消毒剤に抵抗性で、多剤 耐性株が多いため、エンテロバクターの項で述べたことが本菌にもあては まる。 ※アミノグリコシド、セフェム、モノバクタムなどの中から、感受性検 査の結果により薬剤の選択を行う。しかし、本菌に有効な薬剤はきわ めて少なく、セファロスポリナーゼに結合親和性の少ないモダシンか ニューキノロン系のタリビットが有効。 7)プロテウス インドール陰性菌と陽性菌に分けられる。陰性菌としてはプロテウス・ミ ラビリス(Proteus mirabilis)、プロテウス・ペンネリ(P.penneri)陽 性菌としてはプロテウス・ブルガーリス(Proteus vulgalis)がある。プ ロテウス・ブルガーリスは以前変形菌と呼ばれたことがあったが、現在は 使われない。 8)モルガネラ 以前はプロテウス・モルガニ(Proteus morganii)と呼ばれ、プロテウス 属に含まれていたが、発酵様式が異なるため、モルガネラ属として独立し モルガネラ・モルガニ(Morganella morganii)と呼ばれるようになった。 インドール陽性。 9)プロビデンシア モルガネラ同様以前はプロテウス属に含まれていたが、同じく発酵様式の 差から独立した。プロビデンシア・レットゲリ(P.rettgeri)、プロビデ ンシア・アルカリフェシエンス(P.alcalifaciens)、プロビデンシア・ス チュアルティイ(P.stuartii)がある。いずれもインドール陽性菌である。 ※プロテウス、モルガネラ、プロビデンシアはいずれも典型的な弱毒菌 で感染防御力の低下した患者に感染を起こす。従って、複雑性尿路感 染症、腸管汚染手術後の腹腔感染、白血病などの重い基礎疾患を有す る患者の褥瘡感染・敗血症などの起炎菌となる。 ※この三群のうちプロテウス・ミラビリスは大部分のペニシリン、セフ ェム剤に感受性であるが、そのほかのものは染色体性にβラクタマー ゼを産生する。第三世代セフェムが有効であるが、モルガネラ、ペン ネリ、レットゲリなどの中には第三世代セフェムに対しても高度耐性 を示すものもあるので注意が必要。感受性検査の結果を参考に選択。 10)サルモネラ(Salmonella) サルモネラ・チフィ(S.tyhpi)、サルモネラ・パラチフィ(S.paratyphi) サルモネラ・エンテリティディスなど腸チフス、パラチフス、感染性食中 毒の起炎菌。 ※アンピシリン、クロラムフェニコールが第一選択。Rプラスミドによ る多剤耐性菌に対しては、ST合剤が使用される。 11)赤痢菌(Shigella) シゲラ・ディッセンテリイ(S.dysenteriae)、シゲラ・フレックスネリ (S.flexneri)、シゲラ・ボイディ(S.boydii)、シゲラ・ソネイ(S. sonnei)の4菌種が知られ、いずれも細菌性赤痢の起炎菌。 ※アンピシリン、キノロン系、テトラサイクリン、バクタが有効。 12)エルシニア(Yersinia) エルシニア・エンテロコリチカ(Y.enterocolitica)、エルシニア・シュ ウドツベルコロジス(Y.pseudotuberculosis)、エルシニア・ペスチス( Y.pestis)などがある。前2者は野生動物や家畜に広く分布し、急性腸管 感染症を発症する。エルシニア・ペスチスはペストの起炎菌である。 ※治療はウイントマイロン、タリビットのほかアミノグリコシドが有効。 セファロスポリン、アンピシリンもOK。 13)ビブリオ 寄生性のものは少なく、通常淡水や海水に分布しており、通称水中菌また は海水細菌とも言われている。腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)、 コレラ菌(V.cholerae)が代表的菌種で、前者は食中毒、後者はコレラを 引き起こす。腸炎ビブリオは日本では夏期にのみ海水から検出される。従 って、本菌による食中毒は6月〜10月にかけて発生する。一方、コレラ 菌はエルトール型とアジア型の2種があるが、今日見られるのはほとんど がエルトール型である。 ※治療は腸炎ビブリオは対症療法が主体、コレラ菌に対しては、ミノマ イシン、クロラムフェニコールが第一選択。 F)グラム陰性好気性桿菌 1)シュウドモナス(Pseudomonas) シュウドモナス・アエルギノーザ(緑膿菌 P.aeruginosa)が代表的菌種。 他にセパシア(P.cepacia)、プチダ(P.putida)、フルオレッセンス( P.fluorescens)がある。基本的には弱毒菌であるが、自然環境菌であるた め外膜が硬く、抗生物質に低感受性菌が多い。また、耐性化しやすいため 菌交代現象、院内感染、二次感染で問題となることが多い。とくに、免疫 力の低下した患者で注意が必要。 2)キサントモナス(Xanthomonas) シュウドモナスより独立。キサントモナスに属するのはキサントモナス・ マルトフィリア(Xanthomonas maltophilia)のみ。旧名はPseudomonas maltophilia。 ※院内感染を防ぐためには、消毒薬の選定が大切。皮膚、手指の消毒に は、ポピドンヨードが、器具の消毒にはグルタールアルデヒドが奨め られる。内視鏡はエチレンオキサイドガス滅菌が好ましい。クロール ヘキシジンや逆性石鹸に頼りすぎると、この菌の院内感染が増加する。 ※この菌は染色体性にセファロスポリナーゼを、また細胞質因子(プラ スミド)支配でペニシリナーゼを作る。また染色体性、プラスミド支 配の両者でアミノグリコシドの不活化酵素を作るので、抗緑膿菌作用 を持つ薬剤にも耐性株が増加しつつある。従って感受性試験の結果を 参考に薬剤を選択し、だらだらと無駄な投与を避けることが大切。 ※緑膿菌に対し抗菌力を有する薬剤のMIC80は別表の通りである。 ※シュウドモナス感染症の治療に際し注意すべき点は、他の菌の感染症 の時よりも多量の薬剤を投与しなければならないことである。緑膿菌 感染症は生体の感染防御機構が落ちたためにおこるので、薬剤そのも のの殺菌力のみに頼らざるをえないからである。従って、しばしばβ ラクタム剤とアミノグリコシド、ニューキノロン系の合成抗菌剤との 併用が必要となる。 3)アルカリゲネス(Alcaligenes) 人に対して病原性を持つ菌種として、デニトリフィカンス(A.denitrifi- cans)とフェカーリス(A. faecalis)が知られている。敗血症、複雑性尿 路感染症の起炎菌となる。病院内ではシュウドモナスとともに吸引器や血 液透析装置など湿気の多い部分を汚染する。 4)レジオネラ(Legionella) レジオネラ・ニューモフィラ(L.pneumophila)が代表菌種で、ほか5菌種 が知られている。アメリカで在郷軍人に肺炎が集団発生し、その起炎菌と して広く知られるようになった。広く土中に分布しており、加熱、乾燥、 消毒剤などには弱いが、水の中では長期に生存、時には増殖するため、冷 房装置の冷却水中で増殖した本菌が空中に散布され、それを吸引すること により肺炎が集団発生する可能性がある。診断には、症状、病歴、胸部レ 線所見より、本菌による肺炎を疑い、B−CYE培地による菌分離と標準 菌体抗原と患者血清を用いた間接蛍光抗体法による陽性反応を証明するこ とが必要。 ※本菌は細胞内寄生菌であり、またβラクタマーゼを産生するため、β ラクタム剤はin vitroで抗菌力を有していても効果は期待できない。 エリスロマイシン、リファンピシン、タリビットなどを使用する。 5)百日咳菌(Bordettela pertussis) 小児に百日咳を引き起こす。 ※マクロライド、テトラサイクリン、セファロスポリン剤などを用いる。 6)ブルセラ(Brucella) 本来、家畜(山羊、羊、牛、豚など)に全身性感染を引き起こす病原菌で あるが、人にも感染し、波状熱の原因となる。日本では輸入動物にブルセ ラ感染が時々見られる以外はまれ。 ※ストマイとテトラサイクリンを併用する。 7)野兎病菌(Francisella tularensis) ペストに似た症状を示すリスから分離された多形性のグラム陰性球桿菌で 野兎病の原因菌。野生の齧歯類に接触するか、山林中でダニなどに刺され て感染する。 ※アミノグリコシド系の注射が最も有効。 8)フロボバクテリウム(Flavobacteirum) フロボバクテリウム・メニンゴゼプチクム(F.meningosepticum)ほか数種 が知られている。この菌も水及び土の中に住む細菌で、院内の水場を汚染 し、院内感染の原因菌となる。この菌による重要な疾患は未熟児の髄膜炎 で死亡率が高い。 9)アクロモバクタ アクロモバクタ・キシロスオキシダンスほか数種が知られている。大腸の 正常菌叢の一部と考えられているが、詳しいことはわからない。水が汚染 されて院内感染の原因となることは上述の細菌と同じ。化膿性髄膜炎、重 症敗血症、尿路感染症、慢性中耳炎などの起炎菌となる。 ※βラクタム剤が効きにくいが、なかではセフォビット・モダシンなど が有効と言われている。ミノマイシンはこの菌にも有効。 G)グラム陰性球菌および桿球菌 1)ナイセリア(neisseria) 淋菌(N.gonorrhoeae)、髄膜炎菌(N.meningitidis)が代表的菌種。 ※淋菌に対しては最近ペニシリン耐性菌(PPNG)が増加しつつある。 日本では臨床分離株の30〜50%がPPNG。 ※第1選択薬はミノマイシン、オーグメンチン、ユナシン、タリビット。 注射は第三世代セフェム(静注1回で完治!と言われている)。 ※髄膜炎菌による髄膜炎に対してはペニシリンGが第1選択。1日24 00万単位を持続点滴で投与する。 2)カタル球菌 ブランハメラ・カタラーリス(Branhamella catarrhalis)はグラム陰性の 球菌でかつてナイセリア・カタラーリスと呼ばれ、グラム陰性の双球菌で ある。健康人の上気道における正常菌叢の一部であるが、最近種々の感染 症の起炎菌となることが報告され、注目されている。βラクタマーゼ産生 菌が多く、髄膜炎、心内膜炎、敗血症、咽頭炎、呼吸器感染症などが知ら れている。 ※従来ペニシリンが第1選択薬であったが、現在70%がβラクタマー ゼ陽性とされ、エリスロマイシン、ミノマイシン、バクタ、第三世代 セフェムなどが有効。 3)アシネトバクター アシネトバクター・カルコアセティカス(Acinetobakter calcoaceticus) ただ一種が知られている。水、土など自然界に広く分布する菌で、人体で も腋窩、股部など湿気の多い部位に常在している。希に肺炎を起こすこと もあるが、多くは基礎疾患を持つ高齢者の複雑性尿路感染症、上部および 下部気道感染症、敗血症などの原因となる。アニトラツス(subsp.anit- ratus)、ルオフィイ(subsp.lwoffi)の2亜種がある。 ※ミノマイシンに高感受性を示すほか、アミノグリコシドにも感受性を 示すものが多い。βラクタム剤には中等度以上の耐性を示す。例外的 にスルバクタムがこの菌に対し強い抗菌力を有するのでスルペラゾン の有効性が期待される。 4)モラクセラ モラクセラ・ラクナータ(M.lacunata)が眼瞼炎の原因として知られてい る。人の粘膜における常在菌の一部となっているものが多いので日和見感 染の原因となることがある。 ※他の細菌に比してペニシリンに対する感受性が高いので難治性感染症 となることは少ない。 H)グラム陰性嫌気性桿菌 1)バクテロイデス(Bacteroides) バクテロイデス・フラジリス(B.fragilis)、バクテロイデス・メランギ ノゲニカス(B.mellaninogenicus)などが知られている。前者は腸管、泌 尿器生殖器など人体下部の粘膜面に多く、腹膜炎、婦人科感染症の起炎菌 となり、後者は口腔粘膜など人体上部に多く、脳膿瘍、肺膿瘍などの原因 となる。 ※染色体性にβラクタマーゼを大量に作るので、セフェム系のうちセフ メタゾンなどセファマイシン系の抗生物質が良い。ミノマイシン、ク リンダマイシンも有効であるが、R因子による耐性株が見られるので 注意が必要。 2)フソバクテリウム(Fusobacterium) フソバクテリウム・ムクレアタム(F.mucleatum)など約10種が知られて いる。口腔内常在菌で口内炎、上気道炎、胸膜炎などの起炎菌となる。 ※全てのペニシリン剤、セフェム、マクロライドに大部分感受性で、耐 性株はほとんど認められていない。 I)その他 1)マイコプラズマ マイコプラズマは細菌壁を欠いた特殊な細菌で、肺炎マイコプラズマ( M.pneumoniae)は原発性異型肺炎の原因となる。原発性異型肺炎は学童か ら青年と老人に多くみられ、オリンピックの年に流行すると言われている。 細胞壁を持たないため、βラクタム剤、ホスミシンはまったく効果がない。 ミノマイシン、エリスロマイシンを使用する。 2)カンピロバクター(Campylobacter) 微好気性菌。カンピロバクター・コリ(C.coli)、カンピロバクター・ジ ェジュニ(C.jejuni)、カンピロバクター・フイタス(C.fetus)の3種。 人で問題になるのは前2者。食中毒性の下痢を起こす。 ※βラクタム剤は無効、ミノマイシンにも耐性菌がみられる。エリスロ マイシン、アミノグリコシド、タリビットが有効。 ・参考文献 1.横田 健他:臨床に役立つ微生物の知識 ライフ・サイエンス 1987 2.感染症の化学療法 日本臨床 1988 日本臨床社 3.感染症の動向と抗生物質 Medicina Vol.23 No.10 1986 医学書院 4.酒井克治:最新抗生剤要覧 薬業時報社 1988 5.植手鉄男:抗生物質 選択と臨床の実際 医薬ジャーナル社 1987 6.川名林治ほか:標準微生物学 医学書院 1987 7.水島 裕ほか:今日の治療薬 1989年版 南江堂 1989
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