【下痢・急性腸炎】

A)ポイント
 1)下痢を主訴として来院する患者の多くは、原因がはっきりしない急性腸炎である。
   しかし、なかに細菌性食中毒、赤痢、コレラなどの重篤な疾患が紛れ込んでいるので
   注意する。
 2)脱水の程度を正しく把握することが大切(特に小児・老人)。

B)チェックリスト
  1.急性か、慢性か
  2.発熱の有無(感染性下痢の場合、発熱の見られることが多い)。
  3.腹痛の有無(部位・性状・程度)
  4.悪心、嘔吐の有無(内容・頻度・経過)
  5.便の性状(水様便・粘血便・血便・米のとぎ汁様)
  6.下痢の頻度と発症よりの経過
  7.脱水の程度(理学的所見と検査データ、臨床経過などから把握)
  8.家族、仲間に同様の症状を訴えるものがいないか
  9.海外渡航歴、または海外渡航者との接触の有無
  
C)検査項目(どこまで調べるかは重症度に応じて適宜判断する)
  血算、生化学(黄疸・肝機能・腎機能・電解質・アミラーゼなど)、便(潜血・培養)、
  胸腹部X−P、心電図

D)鑑別診断
 1)急性下痢
  1.発熱を伴う場合  
   a)急性腸炎:水様便で大部分はこれ!
   b)細菌性食中毒:各論参照
   c)赤痢、アメーバ赤痢:粘血便が特徴的
  2.発熱を伴わない場合
   a)機能性下痢、アレルギー性腸炎:水様便
   b)コレラ:米のとぎ汁様の下痢便が特徴的で、下痢の頻度が段違い
 2)慢性下痢
   慢性胃腸炎、過敏大腸症候群、慢性膵炎、膵癌、消化不良症候群など

E)一般的処置
 1)脱水が認められる場合は脱水を改善するために輸液を行う。下痢便の電解質組成は、
   Na:25〜50、K:35〜60、Cl:20〜40、HCO3:30〜45であ
   るので、5%グル500ml+KCl20mEq+メイロン20mlを基本とするが、
   血管痛が見られる場合はソリタT3+アスパラK1Aなどを使用する。
 2)薬物療法
  1.止痢剤:強力な止痢剤(ロペミンなど)は、急性下痢に対しては原則として使用しない
   (特に発熱例)。使用する場合はタンナルビン、アドソルビンなどマイルドなもの
  2.鎮痛剤:大腸選択性のあるトランコロンなどを使用する。3〜6T/日
       注射の場合はブスコパン1A静注
  3.抗生剤:感染性の食中毒に対してはタリビット、カナマイシン、ホスミシンなどが用い
       られる。
  4.制吐剤:嘔吐が激しいときには、プリンペラン1A静注、ナウゼリン坐薬
  5.その他:殺菌剤で整腸作用を有するフェロベリンA3〜6T/日など
       胃大腸反射を抑制する目的で、ストロカイン6T/日、テリマゲン6T/日など
       多剤耐性乳酸菌製剤(ビオフェルミンR)など
 3)食事指導
  1.スポーツドリンク、湯ざまし、番茶などで水分を取るようにする。冷たいものはよくない。
   また脂っこいものもさける。 
   2.症状が軽快したら消化のよいものから摂取を開始する。
  
F)細菌性食中毒
 1)食中毒という診断名は、便培養で起炎菌が検出された場合など診断が確実なときを除き
      できるだけ避ける。食中毒と診断したら、食品衛生法により24時間以内に最寄りの保
      健所長に届け出る義務がある。
 2)近年の報告によると、起炎菌は腸炎ビブリオ(37.4%)、カンピロバク ター(16
     .2%)、ぶどう球菌(15.1%)、病原大腸菌(11.9%)、サルモネラ菌(9.8%)、
      ウェルシュ菌(7.5%)の順になっている。
 3)発症機序により感染型、毒素型に分けられるが、細菌が腸管内で増殖し、内毒素を産生
      するものを中間型とすることもある。
 4)診断
   1.同一食品の摂取後ほぼ同時期に複数の患者が発生すれば、食中毒の診断は比較的容易。
    臨床症状のみによる鑑別診断は通常困難。
      2.急激に始まる悪心・嘔吐・腹痛・下痢で本症を考慮。感染型では発熱を伴うことが多く、
        毒素型では嘔吐がより激しく発熱はふつうみられない。
   3.原因菌の検索には、糞便・吐物を用いる。ときに血液を培養する。
 5)感染性食中毒
  1.腸炎ビブリオ:Vibrio parahaemolyticus による。腸炎ビブリオが水温の上昇する夏期に
   海水中で増殖するため6〜10月にかけて見られ、感染源は魚介類とその加工品。
   潜伏期は8〜24時間で、発熱・嘔吐・上腹部痛・下痢を主徴とする。粘血便、激烈な
   腹痛を訴えることもある。多くは2〜3日前後で軽快するが、時に本菌の産生する耐熱
   性溶血毒が心筋に作用し、心不全で死亡することがある。自然治癒傾向が強く通常対症
   療法で十分。使うとすればキノロン系がよい。
  2.サルモネラ:チフス菌、パラチフス菌以外のサルモネラ菌による。生化学的性状により、
   1〜4の亜属に分けられている。本菌に汚染した肉・卵・サラダなどの摂取が原因とな
   る。人から人への二次感染は希。潜伏期は8〜48時間で、発熱・悪心・嘔吐・腹痛・
   下痢などが見られる。時に、菌血症・敗血症を併発し、その結果胆嚢炎・骨髄炎・脳炎・
   関節炎を続発することがある。小児(特に新生児)は成人よりも重症になりやすい。
   輸液と抗生剤の投与が必要。抗生剤はRプラスミドによる耐性菌が少なくないので、
   一般にアンピシリン、ホスミシン、ミノマイシン、カナマイシン、タリビットの内服な
   どが用いられるが、感受性試験の結果により修正する。
    3.病原性大腸菌:病原性大腸菌には、腸管病原性大腸菌(EPEC)・細胞侵入型大腸菌
     (EIEC)・毒素原性大腸菌(ETEC)・腸管出血性大腸菌(EHEC)の4種が知
      られている。潜伏期は1〜5日であるが、毒素型では数時間のこともある。
      EIECでは赤痢様の粘血便が見られることがある。またETECは、海外旅行者の下痢
      の最多原因菌で、発熱はないがコレラ様の激しい水様性下痢が見られることが多い。抗生
      剤の投与と輸液が必要。ニューキノロン系、第二世代セフェムなどを使用する。
  4.ウェルシュ菌:本菌はクロストリジウム属の一種で Cl.perfringens とも呼ばれ、耐熱性
   株が感染型食中毒を起こす。土中の本菌に汚染された食物を一度加熱し、夏の室温に数時
   間以上放置すると嫌気性状態のため本菌が増殖する。中華そばの汁、クリームシチュウな
   どが原因食として知られている。潜伏期は6〜18時間で、腹痛・下痢・悪心・嘔吐を主
   症状とする。通常対症療法のみで、十分。抗生剤の投与は不要。
  5.カンピロバクター:本菌はらせん菌科に属する嫌気性菌で、動物では無症状で保菌される
   が、人では急性胃腸炎をおこす。感染源としては肉類(特に鶏肉)、ペットが知られてい
   る。潜伏期は2〜7日で、発熱・頭痛・筋痛・腹痛を伴う嘔吐、頻回の下痢で発症する。
   エリスロマイシン、タリビット、カナマイシン、ホスミシンが用いられる。βラクタム剤
   は無効。
  6.腸炎エルシニア:動物に無症状で保菌され、人に感染すると発症する。潜伏期は3〜7日
   で、発熱・腹痛・下痢のほか、虫垂炎様症状で発症する。腹部症状が消失して約1週間後
   より結節性紅斑・関節炎などの続発症がおこることがある。タリビット、カナマイシン、
   ミノマイシンなどが使用される。
 6)毒素型食中毒:食物中で細菌が産生した毒素を食物とともに摂取し、その毒素が中毒症状
   を呈するもの。
  1.ぶどう球菌:黄色ブ菌の産生する耐熱性の腸管毒による。汚染食物摂取2〜3時間以内に
   下痢・嘔吐・腹痛が出現する。発熱はほとんどない。予後は良好で毒素が嘔吐・下痢など
   で排泄されれば直ちに回復する。化膿創をもった調理人による汚染が多い。治療の主体は
   輸液などの対症療法。
  2.ボツリヌス菌:典型的な毒素型食中毒の病原体で嫌気状態で毒素を産生する。原因食とし
   てはいずし、キャビアが有名。潜伏期は2時間〜3日で、頭痛・眼瞼下垂・散瞳・複視を
   初発症状とし、まもなく嚥下障害・発語障害・呼吸筋麻痺へと進み、3〜7日目に死亡す
   る(日本に多いE型による死亡率は35%)。早期に抗毒素血清を使用することが大切。
  3.セレウス菌:Bacillus cereus による。本菌は2種類の内毒素を産生するので、潜伏期が
   1〜6時間の嘔吐型と8〜16時間の下痢型の2つの型が知られている。本菌はβラクタ
   マーゼを産生するのでβラクタム剤による治療中に菌交代現象で日和見感染を起こすこと
   もある。

 表1 食中毒の主な原因菌と症状
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               臨 床 症 状 
            ------------------- 代表的  
             水 血 腹 嘔 発   汚染源      
            様 性       および
        潜伏期 便 便 痛 吐 熱   原因食         備    考
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  ビブリオ  2-24hr ○ ○ ◎ ○ ○ 魚介類     夏に多い、上腹部痛
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  サルモネラ 8-48hr ○ ○ ◎ ○ ◎ 肉・魚・卵   夏に多い、菌血症
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  病原大腸菌 1-5day ○ ○ ○ ○ ○           4種類あり、症状別
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  カンピロバクター 2-7day ○ ◎ ○ ○ ○ 鳥肉・ペット    虫垂炎、胆嚢炎併発
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  ウェルシュ 6-18hr ○ ◎       肉・魚介類
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  エルシニア 3-7day ○   ○     肉類・ペット    関節炎、回腸末端炎
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  ぶどう球菌 1-6hr  ◎     ◎      乳製品など    夏に多い、化膿創から
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  ボツリヌス 2-36hr      ○      いずし        眼症状、球麻痺
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  セレウス  1-18hr  ○   ○ ○     食肉・焼飯    下痢型と嘔吐型あり
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 ・参考文献
  1.内科治療ガイド Medical practice Vol.6 1989  文光堂
  2.川名林治ほか:標準微生物学 第3版 医学書院 1987
  3.太田喜久夫ほか:当直医マニュアル 医歯薬出版 1988
   4.大貫寿衛:感染性下痢の治療 Medicina Vol.24 No.10 1987 医学書院
   5.杉村文昭ほか:食中毒 内科 Vol.58 No.2 1986 南江堂

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