【肺塞栓】

 肺塞栓症は、主として下肢静脈、骨盤腔内静脈に存在した血栓が剥離し、肺動脈を
 閉塞した結果生ずる肺循環障害を本態とする疾患で、発症後1時間以内の死亡率が
 約10%と高いので、早期診断・早期治療が大切である。しかし本症に特異的な症
 状や所見はないので、本症と診断するためには、何よりも肺塞栓症の発症を疑うこ
 とが大切である。幸い本邦では本症の発生頻度が欧米諸国の1/10程度と少ない
 が、近年増加の傾向がみられ(死因の1%を占める)注意が必要。

A)臨床像と診断
 1)主要症状:突発性呼吸困難(80%以上)、突発性胸痛(40〜70%)、咳
   嗽(30〜55%)、強い不安感(17〜60%)、喀血(20〜24%)等。
 2)危険因子:脳神経障害(片麻痺など)、心疾患(心不全など)、悪性腫瘍、腹
   部や骨盤腔などの手術後や骨折、避妊薬の服用、長期臥床、肥満など
   注)2/3の症例に基礎疾患を認めないとする報告もある。
 3)理学所見:頻呼吸(88%)、肺動脈弁閉鎖音(2p)の亢進(54%)、
   100/分以上の頻脈(43%)、37.5℃以上の発熱(42%)、下肢の静
   脈炎(34%)など。
   注)下肢の静脈炎の症状としては、腓腹筋の圧痛、下肢の背屈時痛が重要。

B)検査所見
 1)血液ガス:PaO2の低下、PaCO2の低下、AaDO2の開大など。
   PaO2 が90torr以上の場合は、肺塞栓症はまず否定してよい。
 2)血液検査:WackerのTrias(LDH・ビリルビン上昇・GOT正常)の診断的価
   値は低い。白血球は肺塞栓症では増加しないが、肺梗塞症を合併すると上昇する。
   血小板は発症後一時的に減少する。
 3)胸部レ線:塞栓の大きさと数、肺梗塞症合併の有無により、種々の所見を示す。
   肺動脈影の拡張(右第1・2弓の拡大)、閉塞血管領域で肺野血管影の減少
   (Westermark's sign)、患側横隔膜挙上、胸水貯留、肺炎様浸潤影など。また
   胸部レ線は肺塞栓症以外の疾患の除外に有用。
 4)心電図:塞栓が大きい例では急性右心負荷所見(肺性Pの出現、右軸偏位、不完
   全右脚ブロック、S1Q3、移行帯の時計回り回転、S123など)が出現。
 5)CVP上昇、PAP上昇、PCWP正常
 6)心エコー:右心室拡大、肺動脈弁解放速度の亢進、心室中隔の奇異性運動、心腔
   内血栓などを認めることがある。心筋梗塞との鑑別に有用なことあり。 
 7)肺血流シンチ:本症の診断にはきわめて有力で、この検査で異常がなければ本症
   は否定できる。
 8)肺動脈造影:確定診断には最も信頼できる検査。肺動脈血栓による陰影欠損像、
   動脈分枝の減少、末梢動脈蛇行、造影剤の流入遅延などで診断。

C)治療:循環不全や低酸素血症に対する一般的治療と、抗凝固療法、血栓溶解療法、
  危険因子の除去が治療の中心となる。
 1)一般的治療
  1.PaO2 >70torr、収縮期血圧>100mmHg、尿量>1ml/kg/hr
   を維持する。
  2.ショック状態であれば、生食にて容量負荷を行いながら、プロタノールLを0.5
   〜5.0μg/分で使用し、血圧を維持する。
 2)抗凝固療法
  1.出血傾向、活動性の消化性潰瘍、網膜症、心嚢炎、2カ月以内の脳出血、10日以
   内の手術などがない場合は、以下の治療を開始する。出血の危険が高いときは後述
   する下大静脈フィルターを挿入する。
  2.ヘパリン:3000〜5000単位を静注し、その後800〜1200単位/時間
   の持続静注を7〜10日継続投与する。APTTは対照の2倍、凝固時間は対照の
   2〜3倍を指標とする。AT3が低値の時はAT3製剤を併用する。
  3.ワーファリン:ヘパリン中止の約1週間前から投与を開始する。5mgを3日間投
   与し、その後はPTを見ながら投与量を調節する。コントロールの指標は、PT=
   コントロールの1.5倍、TT=10〜25%。
  4.FOY:初期量300〜400mg/30分、維持量1400mg/日を7〜10
   日投与。
 3)血栓溶解療法
  1.発生7日以内の場合はウロキナーゼなどの血栓溶解剤の使用が効果的とされるが、
   生存率は向上させないという報告もあり、本邦においてはその使用量、投与期間な
   どは確立されていない。
  2.ウロキナーゼの投与方法の例
   a)初期量18〜30万単位、その後7.5〜10万単位/時間を12〜24時間投与
    する。
   b)50〜60万単位を1日量として、24時間持続点滴。これを5〜7日行い、そ
    の後2日間で漸減中止する。
   c)4400単位/kgを10分かけて静注後、4400単位/kg/hrの持続投
    与を24時間行う。その約6時間(PTがコントロールの2倍以内に回復)後か
    らヘパリンを維持量で開始する。
  3.現在、TPA(Tissue Plasminogen Activator)の臨床的検討が行われている。
 4)肺血栓塞栓除去術:広範な塞栓で、適切な内科的治療にても1時間後の血圧<90
   mmHg、尿量<20ml/hr、PaO2 <60torr の時には、外科的肺動脈
   内血栓除去術を考慮する。
 5)深部静脈血栓症への対策
  1.下大静脈フィルター:抗凝固療法が禁忌、十分な抗凝固療法にても肺塞栓症が再発
   する、残存肺血管床が少なく再発が致死的と考えられる(相対的適応)などの場合
   に、下大静脈フィルターを経静脈的に挿入し、腎静脈より下位に留置する。
   Bird's Nest vena cava filter、Guenther vena cava filterなど種々のものが開発
   されている。
  2.下大静脈完全結紮術:下肢や骨盤の感染巣からの敗血症性肺塞栓症や心臓内に右左
   シャントがあり奇異性塞栓症を起こしうる場合に行われる。


[参考]肺塞栓・肺梗塞症の診断基準

 1)基礎疾患・素因:悪性腫瘍(1)、静脈炎(1)、心疾患(1)、手術(1)
 2)自他覚症状:咳嗽(1)、ラ音(1)、発熱≧37(1)、血圧≦100(1)、脈拍>100(1)、
   血痰(2)、胸痛(2)、呼吸困難(2)、肝腫(2)、呼吸>16(3)
 3)心電図:右脚ブロック(1)、S1Q2T3型(1)、肺性P(1)、右軸偏位(2)
 4)胸部レ線:横隔膜高位(1)、肺動脈肥大(1)、粒網状影(2)、胸水貯留(2)、浸潤影(2)
 5)検査成績:Ht≦35(1)、LDH>450(1)、FBG≦200(1)、
   pH>7.45(1)、GPT>35(2)、GOT>40(2)、
   BUN>20(2)、ビリルビン値≧1.2(2)、PLG<10(2)、
   PT>13(2)、FBG≧350(2)、ATV≦25(2)、
   PaCO2<40(2)、白血球>8000(3)、血小板<20万(3)、FDP≧10(3)、
   PaO2 <85(4)
 6)肺スキャン:1)血流の肺区域性欠損、2)吸入・血流の較差
 7)肺動脈造影:1)切断像、2)壁欠損・充満欠損

  「判定」:疑い→15点以上、略確実→20点以上、確実→15点以上+6)の2)
       または7)の1)と2)、20点以上+6)の2)



・参考文献
 1.清野誠一ほか:救急医療ハンドブック 第2版 南江堂 1985
 2.長谷川淳:肺血栓塞栓症 綜合臨床 Vol.37 増刊 1988 永井書店
 3.中島明雄ほか:肺塞栓 Medicina Vol.26 No.7 1989 医学書院
 4.三田村秀雄ほか:肺塞栓症 内科治療ハンドブック 医学書院 1989
 5.伊藤 靖ほか:肺塞栓症 診断と治療 Vol.77 No.10 1989 診断と治療社
 6.村尾 誠ほか:肺血栓・塞栓・梗塞症 克誠堂 1987 

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