【肝不全】       

 肝は体内最大の代謝器官で、細網内皮系(RES)が存在するために、自己防
  御機構の中心でもあり、生命維持に不可欠の臓器である。そのため肝不全は他
  臓器に多大の影響を与え、しばしば多臓器不全(MOF)へと進展するきわめ
  て重篤な疾患である。従って肝不全の治療にあたっては、その病態をよく認識
  し、以下に述べるごとき集学的治療を行うことが必要である。

A)概説
 1)肝不全には急性型(主に劇症肝炎)と慢性型(主に肝硬変)があり、両者
   は治療および予後が異なる。
 2)劇症肝炎とは、症状発現後8週間以内に高度の肝機能障害に基づいて肝性
   昏睡U度以上の脳症をきたし、PTが40%以下を示すもので、さらに発
   病後10日以内に脳症が出現する急性型と、それ以後に発現する亜急性型
   に分けられる。急性型の方が亜急性型に比し予後が良好である。
 3)劇症肝炎はウィルス性、薬剤性、自己免疫性、アルコール性肝炎のいずれ
   からも発症するが、日本では90%以上がウィルスに起因するものである。
 4)ウィルス性肝炎による劇症肝炎のなかで、A型の場合は症状の進展、回復
   共に急速で予後も良好であるが、非A非B型の場合には、経過が緩慢で昏
   睡発現までに時間のかかる例(亜急性型)が多く、回復もまた遅いため予
   後不良である。
 5)肝性昏睡は肝不全の症状のひとつにすぎず、肝疾患の患者に併発しやすい
   他の昏睡との鑑別が重要である。

B)病態
 1)急性型(劇症肝炎)と慢性型の急性増悪:急性・慢性肝不全による肝実質
   の広汎な壊死→肝の解毒・代謝機能の高度な障害→毒性物質(アンモニア
   ・芳香族アミンなど)の蓄積→多彩な精神神経症状出現
 2)慢性型:腸管内のアンモニア増加→門脈血中のアンモニア濃度上昇→門脈
   血がシャントを通り直接大循環へ流入→脳症出現

C)診断
 1)問診 
  1.肝疾患の既往の有無
  2.肝硬変の患者の場合は、誘因(消化管出血・高蛋白食・便秘・感染症・脱
   水など)の有無
  3.薬剤(抗生物質・消炎鎮痛剤・抗腫瘍薬など)使用の有無
  4.輸血などのウイルス感染の機会の有無
 2)身体所見                            
  1.精神症状:傾眠傾向、異常行動、指南力低下など
  2.神経症状:羽ばたき振戦、深部反射亢進、病的反射、末期には除脳硬直
  3.肝性口臭:アンモニア臭、死亡直後の屍体を開腹した時の臭い(freshly
    opened corpse)
  4.黄疸:急性型では著明だが、慢性型では軽度のことが多い。
  5.腹水:必ずしも全例には認められない。
  6.昏睡度分類(厚生省特定疾患難治性の肝炎調査研究班劇症肝炎分科会)
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昏睡度       精 神 症 状           参考事項   
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    睡眠−覚醒リズムの逆転。多幸気分。        retrospective にし
 1 ときに抑うつ気分。だらしなく気にとめない態度    か判定できない場合
                              が多い
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    指南力(時・場所)障害、物を取り違える(con-     興奮状態がない  
    fusion)、異常行動(例:金をまく・化粧品をゴ     尿便失禁がない  
 2  ミ箱に捨てるなど)。ときに傾眠状態(普通の      羽ばたき振戦あり 
   呼掛けで開眼し会話ができる)。無礼な言動があ  
   ったりするが、医師の指示に従う態度を見せる。
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    しばしば興奮状態または譫妄状態を伴い、反抗的    羽ばたき振戦あり 
 3  態度をみせる。嗜眠状態(殆ど眠っている)。    (患者の協力が得ら
    外的刺激で開眼しうるが、医師の指示に従わない    れる場合)   
   か従えない(簡単な命令には応ずる)。           指南力は高度に障害
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   昏睡(完全な意識の消失、痛み刺激に反応する)    刺激に対して払いの
 4                           ける動作、顔をしか
                             めるなどがみられる
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 5 深昏睡(痛み刺激にもまったく反応しない)            
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 3)肝機能の評価に必要な血液検査
  1.GOT・GPT:肝細胞の変性・壊死を反映するが肝予備能の指標とはな
   らない。劇症肝炎や肝硬変の末期に見かけ上のデ−タが改善するが、残存
   する肝細胞数が減少したためであり予後不良の指標である。
  2.ビリルビン:肝細胞の壊死や胆汁うっ滞を反映するが、肝予備能とは必ず
   しも平行しない。直接ビと総ビの比(D/T)も用いられる。通常の急性
   肝炎では、黄疸出現後消化器症状などの自覚症状は軽快することが多いの
   に対し、劇症肝炎では黄疸出現後も自覚症状がますます増悪する。
  3.コリンエステラーゼ(ChE):肝で合成・分泌される酵素で、半減期が
   3〜4日と短いため肝臓の蛋白合成能の鋭敏な指標である。一般に正常値
   の1/3以下は予後不良とされる。
  4.アルブミン:肝臓の蛋白合成能の指標であるが、半減期が14日と長いた
   め、肝予備能の急激な変化の判定には適さない。
  5.プロトロンビン時間(PT)・ヘパプラスチンテスト(HPT):血液凝
   固因子は第[因子以外は肝で合成され、半減期が数時間と短いため肝予備
   能の最も鋭敏な指標である。PT値≦40%では劇症化を予想して厳重な
   管理が必要である。
  6.アンモニア:門脈−体循環シャントや肝内シャントが存在する場合に上昇
   する。慢性型では、臨床症状と血清アンモニア値は相関するが、急性型で
   は上昇しないことも多い(当院の正常値は70μg/dl以下)。
  7.遊離アミノ酸:劇症肝炎では、著明な血漿遊離アミノ酸のアンバランスを
   呈す。特にメチオニンが100nmol/ml以上を示すときは劇症化を
   強く疑う。分枝鎖アミノ酸(バリン・ロイシン・イソロイシン)と芳香族
   アミノ酸(チロシン・フェニルアラニン)の比(フィッシャー比)の低下
   もきわめて重要で、劇症肝炎ではほとんどが1.3以下を示す。
  8.動脈血ケトン体比(AKBR、正常値≧0.7):動脈血中のacetoacetate 
    とβ-hydroxybutyrate の濃度の比をみるもので、肝細胞のミトコンドリア
   機能を real time に知ることができるすぐれた指標。
  9.OG(osmolality gap):血漿浸透圧の実測値と理論値の差で、OGを上
   昇させているものの大部分は、障害を受けた細胞の内部より流出してきた
   通常の方法では測定不可能なunmeasurable solutesであるので、OGは細
   胞、特に肝細胞の障害度をよく表現していると言われている。
  10.ウィルス・マ−カ−:ウィルス肝炎では原因ウィルスにより予後が異なり、
   また感染予防対策上からも必須の検査項目。通常スクリーニングとして、
   肝炎例ではHA抗体(IgG・IgM)、HBs抗原、HBs抗体を検索。
   HBs抗原陽性例では、さらにHBe抗原、HBe抗体、HBc抗体を調
   べる。
 4)画像診断
  1.腹部CT:経時的に肝萎縮の程度を観察する。劇症型では必須の検査。
  2.腹部US:黄疸の鑑別には必須だが、肝萎縮の判定にはCTと比べて客観
   性に欠ける。
  3.頭部CT:重症例では脳浮腫を認める。脳血管障害との鑑別の意味で重要。
 5)鑑別診断:肝疾患の患者に併発しやすい他の昏睡との鑑別が重要。
  1.糖尿病性昏睡:来院時血糖チェック      
  2.低血糖性昏睡:  同上
  3.アルコ−ル離脱症候群:いわゆる禁断症状、断酒後48時間以後に出現
   4.脳血管障害:頭部CT、神経学的所見にlateralityの有ることが多い
  5.敗血症性ショック:warm shockである
  6.脳炎・髄膜炎:髄膜刺激症状の有無
                 
D)治療
 1)治療方針
  1.誘因の除去と毒性物質の除去
  2.肝再生促進と代謝の是正のための全身管理と合併症対策
  3.予後の改善のためには、意識障害の有無に関係なくPT≦40%の時点で
   重症肝炎と診断し、劇症化の予防的治療を開始することが大切である。し
   かし、この時点ではまだ自然回復する可能性も高く、後に問題を残すよう
   な副作用の強い治療は避けるべきである。
 2)急性型の治療
  1.高アンモニア血症の予防と是正
   a)誘因の除去
   b)浣腸
   c)ラクツロ−ス:ガラクトースとフルクトースからなる二単糖で、小腸で
    は分解されず、大腸の腸内細菌により分解され乳酸と酢酸を生じ、大腸
    内のpHを下げることによりアンモニアの吸収を低下させる。浸透圧性
    の下痢と消化管運動の亢進もアンモニア吸収低下に役立つ。
    1)経口:60〜90ml/1〜3×1。軟便程度の量に調節する。
    2)経口不可(急ぐ場合):注腸 200ml+水800ml/1〜2回/日
   d)抗生物質:カナマイシン 2〜4g/2〜4×1
  2.全身療法
   a)ブドウ糖を中心としたエネルギー、ビタミン(B1・B6・C)の投与。
   b)SMNC(強力ミノファーゲンC):早期のウィルス肝炎、特に輸血後
    肝炎に有効で、通常40ml静注する。速効性を期待するときは100
    ml/日点滴静注。
   c)深昏睡時には呼吸管理や全身の清潔操作に注意を払う。
  3.特殊療法
   a)ステロイド療法:免疫抑制作用により肝壊死の進展を防止することを目
    的として使用する。通常プレドニゾロン1mg/kg/日を早期に使用
    し、PTの改善が見られたらreboundに注意しながら、はやめに減量する。
    効果がない場合は漫然と投与せず早期に中止する。
   b)特殊組成アミノ酸輸液:分枝鎖アミノ酸を主体とした輸液剤(アミノレ
    バンなど)を血漿アミノ酸インバランスの是正、GI療法後の分枝鎖ア
    ミノ酸補充、蛋白異化亢進状態の改善などを目的として投与する。劇症
    肝炎における脳症改善効果は一過性のことが多い。アミノレバン500
    ml中にはNaが7mEq、Clが47mEq含まれるので注意!。
     ¢アミノレバン 500ml 点滴静注(3〜4時間)      
   c)グルカゴンーインスリン療法(GI療法):肝再生機構に作用して再生
    を促進させたり、壊死を防止する作用があるとされる。
     ¢10%ブドウ糖液 500ml+グルカゴン1mg+レギュラーイ
      ンスリン10Uを2〜3時間で点滴静注。1〜2回/日。
    低血糖、低K血症、悪心に注意。      
   d)血漿交換療法(PE):肝不全に伴う毒性物質の除去とアルブミンや凝
    固因子などの欠乏因子を補充するために行われる。大量のFFPを使用
    するため副作用も多く、適応の決定は慎重に行わなければならない。
    1)適応:急性型では、昏睡U度以上、PT≦40%の症例で施行する。
        亜急性型では、脳症発現後できるだけ早期に開始する。
    2)方法:膜型血漿分離器を使用し、3〜5 /回のFFP(1パック8
     0ml)を3〜4時間で交換する。通常3〜5日間。
    3)血漿交換12時間後のPTが50%以上となる症例は生存率が高い。
    4)亜急性型では本療法のみでは予後の改善はみられず、人工肝補助療法
     の併用が必要と思われる。
   e)人工肝補助療法:血中に増加する毒性物質の吸着や除去を目的として行
    われる。従来、charcoal hemoperfusion やPAN膜透析濾過法が行われ
    てきたが、良好な結果は得られなかった。その後より高性能の濾過膜が
    開発され、上述の血漿交換療法との併用で良好な成績が報告されている。
    与芝らによれば、PMMA(polymethlmetacrylate)膜またはCTA(
    cellulose triacetate)膜を用いた血液濾過透析(HDP)にPEを併
    用する方法で、従来の成績に比し良好な結果が得られている。
    1)急性型
     イ)D/T≧0.5:PE3 +濾過液10 のPMMA膜HDP
     ロ)D/T<0.5:PE5 +濾過液16 のPMMA膜HDP
    2)亜急性型
     イ)D/T≧0.5:PE3 +濾過液12 のPMMA膜HDP
     ロ)D/T<0.5:PE5 +濾過液20 以上のCTA膜HDP
    注)濾過液は重炭酸バッファーpH7.4、K4mEq、透析液はアセテ
      ートバッファーを使用。透析は原則として500ml/分の流量で
      施行。
   f)抗ウイルス療法:非A非B肝炎ウィルスによる劇症肝炎亜急性型では持
    続感染肝細胞数が多いため肝再生が阻止されているという仮説に基づき
    インターフェロンの投与が試みられている。しかし、インターフェロン
    には短時間ながら肝細胞再生抑制作用があること、肝機能を多少悪化さ
    せる作用があることなどから、慎重に適応を判断すべきである。
    1)適応:非A非B劇症肝炎、HBe抗原陽性B型肝炎など
    2)投与方法:フェロン 300万単位/日を5%グル500mlに溶解
     し、2時間で点滴静注。はじめ隔日、その後連日約1カ月間使用。
    3)発熱、骨髄抑制などの副作用は必発で、白血球数・血小板数の減少時
     は投与を控える。 
  4.合併症対策
   a)出血傾向
    1)アドナ  1A(100mg)×2/日 静注
    2)ケイツ− 1A(50mg)/日 混点
    3)DICの診断および治療はP163参照
    4)PEを施行しない場合にはPT値≧25%を目安にFFPを投与。
   b)消化管出血(P107参照)
    1)ヒスタミンH2 受容体拮抗剤:ガスター 1A 1日2回など
    2)制酸剤、粘膜保護剤など
   c)脳浮腫
    1)予防として、頭高位(30〜45゜)とし、低酸素血症は脳圧を亢進
     させるのでPaO2を100torr前後に保つ。
    2)神経症状(瞳孔不同・ミオクロ−ヌス・除脳硬直)が出現したら脳浮
     腫に対する治療を行う(P22参照)。
   d)感染症
    1)抗生物質の予防投与は原則として行わない。
    2)感染症状出現時は、肝障害の少ない薬剤を起炎菌を考慮して投与する。
    3)肝障害発生頻度の高い抗生剤:EM>AG系、Tc系、CP
   e)心不全
    1)心電図モニタ−は必須
    2)重症例ではスワンガンツカテ−テルを挿入し、コントロールする。
   f)腎障害
    1)注意深く水・電解質を管理する。
    2)腎不全となった場合は人工透析を行なう。
   g)呼吸不全
    1)意識状態が低下し、昏迷・昏睡状態になれば、酸素を投与する。
    2)gag reflex が消失した場合は、誤飲を防ぐため、気管内挿管する。
     気管切開は止血が困難なため通常禁忌である。
   
 3)慢性再発型の治療
  1.慢性再発型の昏睡は、高アンモニア血症の是正のみで覚醒することが多い
   ので、治療は高アンモニア血症対策が中心となる。
  2.重症の場合や acute on chronic の場合は急性型に準じた治療をおこなう。
  3.退院後の生活指導を含めた予防対策が重要であるが、ここでは割愛する。


・参考文献
 1.与芝 真ら:急性肝不全 Medicina Vol.26 No.7 1989 医学書院
 2.平澤博之ら:肝不全の治療 集中治療 Vol.1 No.2 1989(10) 総合医学社
 3.特集 肝性昏睡 臨床医 Vol.9 No.12 1983 中外医学社
 4.肝炎への新しいアプロ−チ Medicina Vol.25 No.5 1988 医学書院
 5.消化器疾患 最新の治療  '89-'90 1989 南江堂
 6.内科レジデントマニュアル 第2版 医学書院 1987
 7.肝疾患治療ハンドブック 南江堂 1989

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