【めまいについて】 平衡調節系は前庭系、視覚系、深部感覚系の三大要素からなる。これらが主と して、脳幹に集まり、さらに小脳で総合的に統合されて体のバランスが取られ ているため、そのいずれが崩れても平衡失調が生じ、めまいが出現する。 A)めまいの種類 1)真性めまい(vertigo):自分自身、あるいは周囲が運動するように感じる ある種の錯覚で、[くるくるまわる][ぐるぐる回転する][傾く][ゆ れる]などと表現する。しばしば、自律神経症状(悪心・嘔吐・不安感)、 平衡障害、眼振を伴う。末梢あるいは中枢前庭系の急激な片側性(偏在性) の障害により起こる。急激に発症することが多い。 2)平衡障害(dizziness):バランス感覚の障害、不安定感で、[(酔ったよ うな)ふらふら感]などと表現する。空間見当識を司る各系統からの各種 入力の不均衡状態による。前庭系、固有感覚系、小脳系、視覚系、錐体外 路系の障害を示唆する。緩徐に進行することが多い。 3)漠然としためまい感:[はっきりしない頭のふらふら感][目がくらむ感 じ][倒れそうな不安]などと表現する。種々の情緒障害を持つ患者(過 換気症候群・不安症候群・ヒステリー性神経症・うつ病など)でみられる。 4)失神、前失神:[意識を失いそうになる感じ][気の遠くなるような感じ] などと表現する。通常、発汗、悪心、不安感、一過性の視力喪失などを伴 う。脳潅流が低下して、脳に十分な酸素と糖が供給されないことによる。 一般に、血管系あるいは心臓の機能障害を示唆する。 B)問診上の注意点 1)めまいの内容は上記のどれにあてはまるかをまず聞き出す。 1.救急外来を受診する患者の多くは、末梢前庭障害による回転性めまい。 2.めまいの強さと症状の重症度は必ずしも関係しない。 2)めまいの起こり方と経過はどうか 1.発症は急激か、緩徐か? a)急激:メニエール病、前庭神経炎、突発性難聴、良性・悪性発作性頭位 眩暈症、小脳出血、Wallenberg症候群、椎骨脳底動脈循環不全。 b)緩徐:内耳毒性薬剤による前庭障害、聴神経腫瘍、小脳・脳幹の腫瘍や 変性症。 2.単発の発作か、反復性か? a)単発性:突発性難聴、前庭神経炎、脳幹・小脳の血管障害。 b)反復性:メニエール病、良性・悪性発作性頭位眩暈症、良性再発性めま い症、脳底動脈片頭痛、内耳梅毒、神経血管圧迫症候群、椎骨脳底動脈 循環不全、多発性硬化症、てんかんに伴うめまいなど。 3.持続時間は?、時間経過は?(めまいの性質に変化はないか?) 一過性(十数分以下)、発作性(数時間前後)、持続性に分ける。 4.誘因はあるか?、頭位は関係するか? a)内耳障害では障害側の耳を下にすると増強。中枢神経系疾患ではその逆。 b)頭位により誘発される:良性発作性頭位眩暈症(数秒の潜伏期あり)、 悪性発作性頭位眩暈症(潜伏期なし)。 c)頚部の捻転、屈曲、伸展で誘発:頚性めまい、良性発作性頭位眩暈症。 d)起立により誘発:起立性調節障害、低血圧、貧血、Shy-Drager症候群。 3)随伴症状はあるか 1.自律神経症状:悪心、嘔吐、冷汗、下痢など。 2.蝸牛症状(聴神経症状):耳鳴、難聴、耳閉塞感などで、末梢前庭系の障 害の時にみられる。認められる場合は両側か片側か、めまい発作時に増強 するか否かを確認する。 3.神経症状 a)頭痛、手足のしびれ、脱力感、舌のもつれ、複視 → 動眼神経、内側縦 束、外転神経との関係を示唆し、橋部または中脳部の脳幹障害を示唆。 b)口周辺のしびれ、嚥下障害・嗄声 → Wallenberg症候群など延髄を中心 とした障害を示唆。 c)平衡失調、歩行の乱れが強い → 小脳、脳幹の障害を示唆。 C)末梢性(耳性)めまい(内耳・前庭神経とその核)と中枢性めまい(前庭核 より上位の中枢神経)の見分け方 ---------------------------------------------------------------------- 症 状 末梢性障害 中枢性障害 ---------------------------------------------------------------------- 1.めまい Vertigo dizziness a)性 質 回転性 身体不安定感など b)程 度 激しい 軽 い c)頭位・体位との関係 あ り な し ---------------------------------------------------------------------- 2.耳鳴・難聴 あ り* な し ---------------------------------------------------------------------- 3.中枢神経障害の合併 な し あ り ---------------------------------------------------------------------- * 前庭神経と蝸牛神経は脳幹に入るとすぐ分かれるので、脳幹性の時 には耳鳴や難聴を伴わないことが多い。内耳か第[脳神経そのもの が障害されたときは両神経が同時に障害される。 D)突発性のめまい(急性めまい症)の原因疾患の診断基準と特徴 1)メニエール病 1.診断基準 a)回転性めまいを反復すること。 b)耳鳴、難聴などの蝸牛症状が、反復・消長すること。 c)上記症候をきたす中枢ならびに原因既知疾患を除外する。 2.反復する回転性めまいで、発作時に耳鳴、難聴、耳閉塞感が増強するが、 しびれ、複視などの中枢神経症状は認めない。 3.持続時間は、30分〜半日が多い。2日以上続くものは本疾患ではない。 4.発作の誘因は通常不明。 5.前庭型のメニエール病(蝸牛症状が明かでないもの)も時に見られる。 2)特発性難聴 1.診断基準 a)突発性に難聴が発生する。 b)高度の感音難聴が存在する(一側性のことが多い)。 c)難聴の原因が不明、または不確実。 d)耳鳴、めまい(悪心・嘔吐を伴う)が難聴の発生と同時、または前後し て生じることがある。 e)第[脳神経以外に顕著な神経症状を伴うことはない。 2.めまいや難聴の発作は繰り返さない。発症後2週間以内に治療を開始すれば、 聴力改善の可能性があるため、Otological emergencyと言われる。 3)前庭神経炎 1.診断基準 a)めまいを主訴とする大きな発作は通常一度。 b)温度刺激検査で、半規管機能の高度低下を認める。 c)蝸牛神経症状および中枢神経症状を認めない。 2.疾患の本態は不明。ウィルス感染などによる前庭神経の単独障害が原因。 3.はげしい回転性めまいだが、耳鳴、難聴、神経症状などは伴わない。 4.多くの場合、数週間で自然に軽快することが多いが、完全にめまいが消失 するのに半年から1年かかることもある。 5.方向一定性の水平、回旋混合性の眼振がみられる。 4)良性発作性頭位眩暈症 1.診断基準 a)特定の頭位により誘発される回転性のめまい。 b)めまい出現時に眼振が認められる。眼振は回旋性の成分の強い頭位眼振 で、通常その出現に潜時(time lag)がある。めまい頭位を反復して取ら せることにより軽快消失する傾向がある。めまい頭位から元の頭位に戻 したときに、めまいと共に逆方向の眼振が認められることがある。 c)めまいと直接関連を持つ蝸牛症状、頚部異常、中枢神経症状を認めない。 2.頭位変化によって誘発されるめまいには、中枢性めまいや頚性めまいもあ るので要注意。[朝起きようとした時に急にめまいがした][寝返りをす るとめまいがする]と訴えることが多い。頭位を変えたときだけに出現し、 多くは30秒から5分以内におさまるめまいである。 3.悪性発作性頭位めまい症では、頭位を維持している間はめまいが持続し、 めまい出現に潜時がなく、繰り返しによる軽減がない点が異なる。小脳虫 部の病変により出現する。 5)脳循環障害によるめまい 1.診断基準 a)急激に出現する回転性のめまい b)同時にいくつかの中枢神経症状を伴う。 2.椎骨脳底動脈循環不全 a)椎骨脳底動脈領域の一過性脳虚血発作(TIA)により惹起されるめま いで、回転性のことが多いがメニエール病にくらべ持続時間が短い。 b)めまい以外に、視覚障害(動揺視・複視・霧視)、意識障害、知覚障害、 構音障害などの神経症状を伴うことが多い。 c)時に、めまいのみを反復する症例もある。しかしこの場合は前庭型のメ ニエール病や良性再発性めまいとの鑑別は困難。 3.上・前下・後下小脳動脈、椎骨動脈の閉塞:中枢神経症状として一側の脳 神経麻痺、運動失調、Horner症候群、他側に知覚障害などを伴う。 4.小脳出血:回転性めまいで、中枢神経症状として突発ピーク型の頭痛、悪 心、嘔吐、歩行障害、注視眼振、構音障害、運動失調などを伴う。 5.小脳梗塞:非回転性めまいのことが多い。悪心嘔吐は必発でない。 6.その他の脳出血、脳梗塞、クモ膜下出血:中枢神経症状として片麻痺、半 身の知覚障害、半盲、項部硬直などがみられる。 6)その他 1.脳底動脈片頭痛:脳底動脈領域の虚血症状(めまい・平衡障害・歩行障害・ 構音障害・耳鳴)を前駆症状とし、激しい拍動性の頭痛を訴える。 2.良性再発性めまい症(Slater):片頭痛の傾向は有するが、それとは無関 係に回転性めまい発作を繰り返すもの。発作は自発性で、蝸牛症状を欠き、 睡眠不足、過労、ストレス、飲酒などと関係し、思春期の女性に多い。 3.神経血管圧迫症候群:第[脳神経を血管が圧迫することにより、めまい、 難聴、耳鳴が生じるとされている。メニエール病や突発性難聴と類似の臨 床像を呈するが、めまいの持続時間は短く、頭位によりめまい・耳鳴が増 強する。同側の顔面痙攣を伴っている場合は本疾患を考慮する。 4.自律神経失調症:頭痛、肩こり、動悸、顔面紅潮感など多彩な症状を訴え る。のぼせ感や頭重感をめまいとして訴えることが多い。 5.起立性調節障害:老年者では脳幹部梗塞を、若年者では自律神経失調症を 考える。Schellong test(5分間安静にして血圧を安定させて測定→起立 直後に測定→下がらなければ5分後に測定する)で診断を確定する。 6.頚性めまい:頚部変形性脊椎症、鞭打ち損傷、頚筋筋膜異常による椎骨動 脈圧迫、Barre-Lieou syndromeなど頚部に起因するめまい。頚部の捻転・ 屈曲・進展で誘発される。良性発作性頭位眩暈症などとの鑑別に注意。 7.全身的疾患 a)高血圧:病歴、血圧測定で診断は容易。他の原因によるめまいでも不安 や興奮により、2次的に血圧が上昇していることがあるので、注意する。 b)Adams-Stokes症候群:心電図モニター、ホルター心電図で診断。 c)過換気症候群:病歴、理学的所見、血液ガスの測定で診断は容易。 d)代謝内分泌障害:糖尿病、尿毒症、慢性アルコール中毒など。 E)急性めまいに対する治療 1)一般的注意 1.激しい症状による不安感のため、症状がさらに増強する悪循環を形成する ことも希ではない。安心させることがまず必要。 2.体位変換で症状が増強するときは、最も楽な姿勢で安静を保たせる。静か で暗くした部屋に寝かせるのがよい。 3.末梢性めまいでも、悪心・嘔吐が強い場合や、平衡障害が強い場合は入院 治療とする。 4.末梢性めまいでは、激しい悪心・嘔吐がおさまったら、徐々に頭位、体位 変換を進め、起立歩行練習を積極的に行う(安静が長引くと、中枢神経に よる適応が起こりにくく、症状の回復が遅れる)。 5.中枢性のめまいの場合は、原因疾患に対する治療を行う。 2)薬物療法 1.激しいめまいがある時は、悪心・嘔吐のため内服が困難なことが多いので 以下に示す薬剤を非経口的に投与する。 2.急性期には不安感も強いので、下記のいずれかを筋注する。 a)アタラックスP(1A=25mg/1ml)または b)セルシン(1A=5mg/1ml、10mg/2ml) 3.悪心・嘔吐が強いときは、プリンペラン(1A=10mg/2ml)を筋 注。嘔吐が強く脱水傾向にある場合は補液を行い、プリンペランを混注。 4.その他メイロン40〜100ml静注、5%グル500ml+ビタメジン 1Aの点滴静注などが行われる。 5.内服が可能になったら下記に示す抗眩暈剤を処方する。 a)メリスロン(1T=6mg) 3〜6T/3×1 b)セファドール(1T=25mg) 3〜6T/3×1 6.他に循環障害改善剤(カピラン・アプラクタン・ユベラN)、ビタミン剤 (アリナミンF・ビタメジン)、代謝賦活剤(ATP・ノイキノン)、精 神安定剤(セルシンなど)、自律神経調整剤(ベレルガル)、制吐剤(プ リンペラン)などから症状に併せて処方する。 ・参考文献 1.植村研一:頭痛・めまい・しびれの臨床 医学書院 1987 2.伊賀六一ほか:内科治療ハンドブック 医学書院 1989 3.神経内科治療マニュアル 第3版 MEDSi 1986 4.めまい 検査の実際から診断まで Modern Physician Vol.9 No.4 1989 新興 医学出版社 5.田崎義昭ほか:ベッドサイドの神経の見方 南山堂 1987
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