【消化管出血】

 最も大切なことは、すみやかに重症度を把握することで、中等症以上の患者に対し
  ては、迅速な救命処置が必要である。

A)重症度の把握
 1)消化管出血程度の判定基準(長尾の分類)

   消化管出血 ---- 血圧正常                → 軽 症
    
            ショック--急速輸血-------血圧回復      → 中等症
                   400-1000ml---循環系安定
                   ↓ 
                    ----------血圧回復なし  → 重 症
                               循環系不安定  
 2)出血量の推定
 
 重症度   出血量   収縮期圧  脈 拍  ショック指数  CVP     症 状
----------------------------------------------------------------------------------
 軽 症  <1000  >80  <100  <1.0   5〜10 四肢冷感、蒼白
        (<25%)                      めまい、倦怠感
----------------------------------------------------------------------------------
  中等症 1000-2000  60〜80  100-120  1.0-2.0    0〜5  口唇・爪の退色
         (25-40%)                         不穏、蒼白著明
----------------------------------------------------------------------------------
  重 症   >2000     <60  >120  >2.0    0    意識混濁〜昏睡
          (>40%)                                              反射低下、虚脱
----------------------------------------------------------------------------------
       * ショック指数 (脈拍/収縮期血圧) 正常値 0.5〜0.6

C)緊急処置(P12参照)
 1)血管確保
  1.輸血を考慮し、20Gより太いサ−フロー針で関節部をさけて行う。
  2.この時同時に採血(クロスマッチ用も必要なので多めに)も行う。
  3.血管が細い場合はとりあえず、22G(黒)のサーフローで、血管確保
   を優先する。採血は正中静脈や大腿静脈から行ってもよい。
  4.重症の場合は中心静脈を確保し、CVPをモニタ−する(thin wall
    double lumen catheterが望ましい)。
 2)補液
  1.とりあえずラクテックで開始する。
   a)軽 症→ 500ml/時間
   b)中等症→1000ml/時間
    c)重 症→ラクテック全開急速投与に加えて、プラスマネ−トカッター
        250mlを同時に投与する。
  2.バイタルサインが安定したら輸液速度を調節する。
  3.心機能、腎機能の低下している患者では over hydration に注意!!
  4.アドナ以外の止血剤はDICを助長する場合もあるので安易に使用しない。
 3)輸血:中等症以上に対して施行する。
  1.中等症では原則として濃厚赤血球を使用する。
  2.重症の場合は新鮮血または濃厚赤血球+新鮮凍結血漿を使用。400ml
   〜1000mlを急速に輸血する。
  3.1000mlの輸血に対して、クエン酸中毒を防ぐために、塩化カルシウ
   ム1A(20ml)使用する。ゆっくり5分以上かけて血液投与ラインを
   避けて投与する(Caと接触すると血液は凝固する)。
 4)酸素投与:必要に応じ、鼻腔カニューレで2〜5 を使用する。
 5)中等症以上ではフォーレカテーテルを挿入し、尿量をチェックする。
 6)輸液・輸血療法の目標
   1.収縮期血圧≧100mmHg     4.CVP 5〜10cmH2O
   2.心拍数  ≦100/分    5.Hb値 8g/dl
   3.時間尿量 ≧30ml/時    6.意識状態改善
 7)緊急内視鏡検査:患者がショック状態にないときは直ちに、ショック状態
   の時はその改善後すみやかに、内視鏡検査を施行する。必要に応じ、内視
   鏡的止血などの処置を行う(治療の項参照)。下部消化管よりの出血の場
   合も、必要に応じ大腸内視鏡検査を診断・治療を兼ねて行う。

D)問診:原因疾患の推定に非常に重要であるので、緊急処置をしながら以下の
  ことに留意しながら病歴をとる。処置におわれて、病歴の聴取が不十分にな
  らないように注意する。
 1)出血の状態
  1.吐血:トライツ靭帯より口側の出血を示唆。
  2.下血:全ての消化管出血の可能性あり。
 2)出血の性状
  1.吐血の場合
   a)コ−ヒ−残渣様:比較的少量の出血でAGL、消化性潰瘍など
   b)褐色凝血塊:胃酸による変化を意味する。
   c)鮮血色〜赤色調:多量の出血を意味する。
  2.下血の場合:直腸診で便の性状を確認することが大切。
   a)黒色便:上部消化管出血または停滞時間の長い下部消化管出血
   b)暗赤色、鮮血色:下部消化管出血の可能性が高いが、血液の変色は出血
    量と消化管の通過時間によって決まるので、上部消化管出血もありうる。
   c)イチゴゼリ−状(粘血便):潰瘍性大腸炎。
   d)鮮血便+凝血塊:大腸癌、突然の腹痛や下痢を伴う虚血性大腸炎、心臓
    弁膜症・心房細動・動脈硬化症を基礎疾患とする上下腸管膜動脈血栓症、
    腸重積症、あまり腹痛を伴わない腸海綿血管腫や Angiodysplasia(Di-
     eulafoy 潰瘍を含む動静脈奇形)、大腸潰瘍、Schonlein-Henoch紫斑病、
    アミロイドーシスなど
 3)出血量(概算)は?:出血による血算値の変化は24時間後にピーク
 4)急性か慢性か?
 5)排便との関係は?
 6)併発症状の有無
  1.消化器症状:悪心・嘔吐、腹痛、便通異常
  2.全身状態:発熱、体重減少、食欲不振
  3.出血傾向の有無 
  4.急性腹膜炎を伴う下血には最大の注意を払う。
 7)誘因:食物、薬物(抗生剤・ステロイド・消炎鎮痛剤・抗凝固剤)
 8)基礎疾患と既往症:手術、放射線治療、海外渡航歴、特殊な性癖。
   肝硬変の患者は食道胃静脈瘤ばかりでなく、胃十二指腸潰瘍も多い。

E)消化管出血の主な原因疾患
 1)食道:食道静脈瘤、食道びらん、食道炎、食道腫瘍、Mallory-Weiss症候群
 2)胃:胃潰瘍、急性胃粘膜病変、出血性胃炎、胃憩室、異所性膵、吻合部潰
   瘍、Dieulafoy潰瘍、胃静脈瘤、胃癌、胃平滑筋肉腫
 3)十二指腸:十二指腸潰瘍、十二指腸炎、憩室、血管腫、十二指腸乳頭部癌、
   十二指腸腫瘍
 4)小腸:クローン病、腸結核、メッケル憩室炎、動静脈奇形、血管腫、小腸
   腫瘍
 5)大腸:感染性大腸炎、薬剤性大腸炎、偽膜性大腸炎、アメーバ赤痢、虚血
   性大腸炎、腸結核、クローン病、潰瘍性大腸炎、結腸潰瘍、大腸ポリープ、
   結腸腫瘍
 6)直腸:潰瘍性大腸炎、非特異性直腸潰瘍、ポリープ、直腸腫瘍
 7)肛門:痔核、裂肛

F)治療
 1)消化性潰瘍(P112参照)
  1.絶食、ベット上安静が原則。胃チューブは原則として留置しない。
  2.内視鏡的止血:消化器科の専門医に依頼する。緊急内視鏡検査にて、露出
   血管を有する潰瘍を認めた場合に試みる。
   a)トロンビン散布法・純エタノ−ル局注療法
   b)高張Na-エピネフリン液局注療法(hypertonic saline epinephrine:
    HS−E)
  3.薬物療法
   a)H2ブロッカー(急性期は静注、安定後は内服が原則。中止時は漸減)
    1)タガメット(シメチジン:1A=200mg)1回200mg、1日
     4回6時間毎に静注または点滴静注。半減期は2.2時間。持続時間は
     4時間。
    2)ザンタック(塩酸ラニチジン:1A=50mg)1回50mg、1日
     3〜4回、静注、筋注または点滴静注。胃酸分泌抑制作用はシメチジ
     ンの約8倍。半減期は2.1時間、持続時間150mg投与で10時間。
    3)ガスター(ファモチジン:1A=20mg)1回20mg、1日2回、
     静注、筋注または点滴静注。胃酸分泌抑制作用が強くシメチジンの約
     30倍。半減期は3.4時間、作用持続時間は20mg投与で16時間。
   b)セクレチン(ガストリン放出の抑制とガストリンによる胃液分泌を抑制)
     セクレパン(1A=50U)1回50〜100単位、1日2〜4回、
     静注または点滴静注。半減期が短いので持続静注が好ましい。蛋白製
     剤なのでアレルギーに注意。
   c)経口的に以下のような薬剤を投与することもある。
    1)トロンビン末 1万単位+牛乳60mlを1日4回。
    2)アルロイドG(アルギン酸ナトリウム)潰瘍面に付着して止血効果が
     あるといわれる。1回20〜40ml、1日3〜4回。
    3)マーロックス(水酸化アルミニウムと水酸化マグネシウムの合剤)制
     酸剤で、1回4〜8ml、1日4〜6回。  
 2)食道静脈瘤破裂
  1.絶飲食
  2.内視鏡的静脈瘤硬化療法:緊急内視鏡検査にて出血が続いていた場合には
   原則として本療法により止血を行う。内視鏡下に下部食道の静脈瘤内また
   は血管外にエタノールアミンオレイド、ポリドカノール、純エタノールな
   どの硬化物質を注入する。
  3.圧迫止血法:Varixの存在が確認された例で、大量の出血のため内視鏡がで
   きないときや出血源が確認できないときなどに行われる。SBチューブ(
   Sengstaken-Blakemore tube)を挿入し、胃バルーン内に空気を200ml
   入れて牽引し、食道バルーンの圧を30〜40mmHgに保つことにより圧迫
    止血をねらう。バルーンは6〜8時間毎に解放し、止血の効果を確認する 
      と同時に局所の血流を再開し、粘膜損傷を防ぐ。  
  4.バゾプレッシン持続静注法:門脈圧を下げることによる止血効果をねらっ
   て行う。ピトレッシン(1A=20U)を通常0.2〜0.4単位/分の間
   で投与する。尿量が20ml/時間以下の場合にはラシックスを使用する。
     注)バゾプレッシン(ピトレッシン):腹部諸臓器の細小動脈を収縮させ
     る結果として、門脈圧を低下させる。また食道、胃壁の平滑筋を収縮
     させ、静脈瘤への血流を減少させることにより一時的な止血が得られ
     る。しかし、タキフィラキシーがあり、反復使用すると効果は減弱す
     る。冠不全症例では心筋梗塞を誘発する恐れがあり禁忌。また腹痛を
     きたすことがあるので注意する。
  3)下部消化管出血
    1.保存的治療
   a)下部消化管出血で最も頻度の高い出血性大腸炎は原則として保存的に治
    療する。
   b)特に、種々の抗生物質などによる薬剤性大腸炎ではしばしば激烈な下血、
    下痢、腹痛などの症状が見られるが、多くの場合原因薬剤の中止と栄養
    管理のみで2〜3日で症状が軽減し、約1週間で治癒する。
  2.内視鏡的治療
   a)出血性ポリープ、単純潰瘍、動静脈奇形など出血部位が限局し、内視鏡
    的に確認できる疾患では、内視鏡的止血術の適応となる。
   b)ポリープに対しては、ポリペクトミー。潰瘍その他の血管性出血に対し
    ては、上部消化管出血とほぼ同様の処置を行う。
  3.Interventional radiology
   a)上述の方法で出血が止まらないとき、血管造影を行い、出血している動
    脈に選択的にカテーテルを挿入し、血管収縮剤や塞栓物質(スポンゼル
    ・リピオドールなど)の注入を行うことで止血を試みることがある。
   b)技術的に難しく、腸管の阻血による壊死をおこしやすい。外科的処置が
    できない症例に対し、選択されることが多い。

G)緊急手術のタイミング
 1)中等症以上で、内視鏡的止血術で止血が困難な場合。
 2)中等症以上で、緊急内視鏡にて出血源が不明で、血管造影にて出血源が確
   認された場合。
 3)出血の原因が悪性腫瘍で、待機手術まで待てない場合。
 4)手術のタイミングを失わないことが大切。中等症以上では早い時点から外
   科医とコンタクトを取っておく。


・参考文献
 1.内科レジデントマニュアル(第2版) 医学書院 1987   
 2.平沢博之:吐血・下血 症状からみた救急処置−内科編 日本医師会 1986
 3.幕内博康:吐血・下血 治療 Vol.71.No2 311-315 1989 南江堂
 4.武内俊彦ら:吐血 現代医療 20 376-379 1988 現代医療社
 5.飯塚文ら:下血 現代医療 20 392-397 1988 現代医療社
 6.木村健ら:吐血・下血 総合臨床 Vol33 221-226 1984 永井書店
  7.光島 徹:下部消化管出血 Medicina Vol.26 No.7 1989 医学書院
  8.横山 靖ら:上部消化管出血 Medicina Vol.26 No.7 1989 医学書院

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