【低体温症】 A)概説 低体温症は中心体温(直腸温)が35℃以下になる状態で、死亡率が高い( 20〜90%)重篤な疾患である。海や山の遭難だけでなく、都会でもみら れ、また状況によっては夏でも起こりうる。都会での低体温症では、その大 部分で重篤な基礎疾患があり、致命率の高さはこの基礎疾患の存在と関連し ていることに留意し、治療にあたることが大切。 B)原因 1)海や山での遭難による強制的な寒冷への暴露。 2)都会での低体温症では、寒冷に暴露されたときにそこから避難できなかっ た理由と低体温になりやすい誘因(基礎疾患)が存在するのが普通。 1.寒冷から避難できなかった理由 a)意識障害をきたす疾患:アルコール中毒、脳血管障害、頭部外傷、低血 糖、糖尿病性昏睡、薬物中毒など b)衰弱して動けない:肺炎、膵炎、消化管出血、重症感染症、低栄養など c)浮浪生活者 2.低体温になりやすい誘因 a)体温を失い易い:老人、新生児、皮膚疾患など b)熱産生の低下:低栄養、下垂体機能低下、粘液水腫など c)体温調節機能の低下:アルコール、老人、薬物中毒、脳血管障害など C)症状 1)中心体温低下に対する代償性反応として皮膚の血管の収縮と震えが出現。 2)中心体温が32℃以下になると震えは消失し、筋肉の硬直が出現する。 さらに、分時換気量、心拍数、心拍出量、血圧が徐々に低下する。また心 筋の興奮性の亢進と心内伝導およびインパルス形成の抑制により、種々の 不整脈や伝導障害が出現する。中枢神経系は抑制され、組織アノキシアに よる代謝性アシドーシスがみられることが多い。 3)中心体温が26℃以下になると死人のように冷たく、脈を触れず、意識が なく、呼吸もきわめて浅くなる。 4)成因に低体温が深く関与している合併症として、肺炎、膵炎、急性腎不全、 消化管出血、低血糖なとがあげられる。 D)治療:再加温、強力な支持療法、基礎疾患や合併症の治療が中心となる。 1)再加温 1.方法 a)受動的再加温法:毛布などで患者を外環境から絶縁し、患者の内因性の 熱産生によって再加温するもの。中心体温が30℃以下では代謝率が低 下しており無効。 b)積極的外部再加温法:単純に外部から電気毛布やお湯などで患者の体表 面に熱を与える方法であるが、受動的再加温法より死亡率が高く、急性 浸水性低体温症の場合を除き避けるのが無難。 c)積極的中心再加温法:外熱を身体内部に与える方法で、技術的にやや難 はあるが、再加温法としてはきわめて有効な方法である。吸入再加温法、 加温腹膜潅流法、体外血液再加温法などがある。 2.選択 a)循環動態が安定している場合:毛布による受動的再加温法と、加温した 酸素や輸液により加温をはかる。 b)循環動態が不安定な場合(持続性血圧低下や重篤な不整脈など):積極 的中心再加温法が適応となる。加温した透析液(40〜45℃)による 腹膜潅流が有効。加温血液透析や心肺バイパス法も用いられる。 c)心拍停止をともなった場合:救急蘇生と同時に迅速に腹膜透析を行って 中心加温を行うことが不可欠である。可能であれば心肺バイパス法を用 いる。低体温症の患者では、低体温が中枢神経系に保護的に作用するた め、心肺蘇生術をあきらめずに行うべきである。 2)支持療法 1.モニタリング:ICUまたはそれに準じた態勢での心電図、血圧などの注 意深いモニタリングは必須であるが、スワンガンツカテーテルの挿入にあ たっては、温度の低下した心臓では心室細動をおこしやすいので慎重に。 血液ガスの分析値は患者の体温で補正して解釈する(P176参照)。 2.加温・加湿酸素吸入:40℃に加温した酸素を与える。必要に応じ人工呼 吸を行う。 3.循環管理:低体温患者では末梢血管の収縮や心拍出量の低下のため血圧は 測定不能でも、重要臓器の血液循環は代謝の需要も低下しているので十分 のことが多い。再加温に伴い急激な血圧低下が見られた場合は昇圧剤の使 用と容量負荷が必要。代謝低下状態にあるので、すべての薬剤は維持量か 少なめとする。25℃以下では徐脈になるがペーシングはかえって血行動 態を悪化させることが多いので、原則として行わない。 4.輸液:輸液は原則として40℃に加温して使用する。代謝性アシドーシス は必要に応じメイロンで補正する。 5.その他 a)約半数の例でアミラーゼが上昇するが、特別な治療なしに2〜3日で軽 快することが多く、膵炎が治療上問題となることは少ない。 b)腹痛が見られたら、胃潰瘍の穿孔や消化管出血に注意する。 c)インスリンは30℃以下ではほとんど作用しないといわれ、体温の回復 とともに急に効果がでてくることがあるので、頻回に血糖をモニターし ながら使用する。 3)基礎疾患・合併症の治療:それぞれの項参照 ・参考文献 熱中症の項参照
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