【薬物中毒(過剰摂取)】 A)毒物の除去:基本原則はバイタルサインを経時的にチェックし、呼吸と循環 を維持しつつ、摂取された毒物の排除に努めることである。 1)吸収阻害 1.催吐:経口摂取後3時間以内の時に行う(ただし、意識障害時および腐食 性毒物・揮発性物質摂取時は禁忌)。一般には、大量の微温湯か食塩水を 飲ませ、指で咽頭を刺激して吐かせる。 注)吐根シロップは現在日本では発売されていない。 2.胃洗浄:服用後2〜4時間以内ならば、胃洗浄が有効な可能性あり。 a)禁忌 1)意識障害時:誤嚥の危険があるので、できれば気管内挿管後。 2)腐食性毒物:90分以上たつと、消化管(食道)穿孔の危険あり。 3)揮発性物質:かえって吸収を促進し、毒性を増す(気道から吸収され た場合の毒性は内服の10倍以上!) b)方法 1)胃管(ジョウゴのついた胃洗浄用の太いもの)の挿入:患者を左側臥 位とする。胃管にキシロカインゼリーをぬって、口より45〜55c m挿入し、胃内容物を吸引する。また空気を送って胃の中にあること を確認する。 2)温水または生理食塩水を300ml(多すぎると十二指腸に送ってし まう)入れ、少しおいてロ−トをさげ、内容物をできるだけ流出させ る。この操作を洗浄液が清明になるまで、繰り返す(通常2〜4 )。 3)その後、吸着剤、下剤をいれて抜管する。 c)吸着・沈澱:吸着剤、沈澱剤を用いて毒物を吸着し、体内への吸収を抑 制する。 1)活性炭:10〜20gを水200mlによく懸濁し飲ませる。 (アルカリ類、シアン化物、硫酸第二鉄、鉱物油以外に有効) 2)万能解毒剤(酸化マグネシウム4g+タンニン酸4g+活性炭8gを 水約100mlに懸濁)を内服させる(農薬中毒などで有効)。 3)5〜10%アドソルビン200〜500ml内服させる(同上)。 d)下剤:有用性は確実には証明されていない(腸管手術後、イレウス、消 化管出血、解毒剤投与、消化管毒性の強い薬剤服用例では禁忌)。 1)クエン酸マグネシウム34g(マグコロール250ml) 2)70%ソルビトール50〜150ml 3)硫酸マグネシウム、硫酸ナトリウム 30g/200ml 注)ヒマシ油、鉱物油は脂溶性薬物の吸収を促進し、また吸引性リポイ ド肺炎を起こす危険があるため禁忌。 2)吸収された毒物の排除 1.強制利尿:特定の薬物を除き、有用性は少なく、心疾患、腎疾患、脳浮腫、 ARDS、低K血症では禁忌。 a)ラクテック500ml/hrをラシックス、20%マンニトールで利尿 をはかりながら投与する。電解質、CVP、水分出納をチェック。 b)アルカリ性強制利尿(薬物をイオン化し、細胞膜を通過しにくくする) サリチル酸、バルビタール、ナフタリンなどで有効。メイロン20〜5 0mlを反復静注しながら、生食と5%ブドウ糖を1 ずつそれぞれ2 時間で投与する。必要に応じKCl、ラシックスなどを使用する。尿量 3〜6ml/kg/hr、pH7.5〜9が目標。 c)酸性強制利尿:ペチジン、アンフェタミン、キニーネ、コカイン中毒等 で有効。ビタミンC500mgを1日4〜6回静注する。または塩化ア ンモニウム3〜6gを内服。生食と5%ブドウ糖を交互に1時間ずつか けて投与。利尿剤で体液のバランスをとる。1時間毎に電解質、尿pH をチェックする。尿pH4〜6が目標。腎臓に負担がかかるので、ショ ック、腎障害、心疾患では禁忌。 2.血液浄化法(適応薬剤は、表1を参照) a)腹膜潅流:除去効率は低く、強制利尿と同程度。循環動態に急激な変化 を起こさない。 b)血液透析:透析は腹膜潅流、強制利尿の約4倍の効果がある。 c)血液吸着:吸着型血液浄化器を用いて、体外循環によって、血中の毒物 を吸着により除去する。分子量300〜5000程度の分子量の物質を よく吸着除去する。 d)血液濾過:親水性に富む膜素材で血液を濾過し、浄化するもの。分子量 1000〜5000の中分子の濾過によい。 e)血漿交換:血漿を凍結血漿で置換する方法。大分子物質を除去する。 遠心分離法と膜型分離法がある。前者がやや効率がよい。本院ではどち らも可能であるが、後者の方が手間がかからない。 f)血液交換:血漿交換ができる施設では、適応がない。 g)血液浄化法の適応(Winchesterら、1977) 1)異常生体反応を伴い、臨床的に重篤なとき(低血圧・無呼吸・低体温) 2)致死量が内服され、すでに吸収されたと考えられるとき。 3)血中の濃度が致死量と考えられるとき。 4)排泄の遅延が予想されるとき(代謝・排泄臓器の機能障害など)。 5)代謝産物がより有害となる毒物の時。 6)十分な治療後も臨床症状が進行性に悪化するとき。 7)昏睡が遅延し、誤嚥性肺炎・敗血症などの危険がある時。 8)昏睡の危険を増大させる基礎疾患のある時(慢性気管支炎・肺気腫) 9)重篤な合併症を起こしたとき(誤嚥性肺炎など) 10)遅延性毒性の発現が知られている毒物中毒の場合(パラコート・ダイ コートなど) 3.キレート剤による排除 a)D−ペニシラミン:銅、鉛、水銀などで有効。 *メタルカプターゼ(1T=50mg、100mg、200mg) [作用]BALと同じ。 [用法]600〜1400mg/3〜4×1内服。 [副作用]過敏症状、発熱、血液障害、肝障害、腎障害など。 b)SH系解毒剤:重金属(銅・水銀・鉛)、軽金属(アルミニウム・マグ ネシウム)、アルカリ金属(ストロンチウム・バリウム)、類金属(ヒ 素・アンモン・リン)などに有効。 *BAL(ジメルカプロール 1A=100mg/1ml) [作用]生体内のSH基系酵素を阻害する重金属と結合して、体外へ 排泄する(British Anti-Lewisite)。 [用法]1回2.5mg/kg筋注。初日は6時間毎4回投与。翌日よ り1日1回6日間投与。流涙、嘔吐、血圧上昇などの副作用を防ぐ ために、30分前に塩酸エフェドリン25〜50mgを経口投与。 [副作用]大量投与(>300mg)時、悪心、嘔吐、頭痛、流涙、 流涎、灼熱感、血圧上昇、昏睡、痙攣。 [禁忌]鉄、カドミウム、セレン中毒。 *メルカプト酢酸(メルカプト 1A=60mg/2ml) [作用]作用機序は同上。副作用は少ない。 [用法]60〜120mg/日 皮下注、または静注。 c)EDTA:鉛、鉄、亜鉛、マンガン、ベリリウム、銅などに有効。 *EDTA(ブライアン 1A=1g/5ml) [作用]キレート化合物を形成し、解毒排泄する。 [用法]1回1gを生食または5%グル250mlに溶解し、1時間 かけて投与。1日2回5日間(10g)で1クール。必要であれば 2日間休薬後さらに5日間。 [副作用]軟便、悪心、一過性蛋白尿、頭痛。 [禁忌]腎障害患者。鉄ミネラル剤との併用。 d)デスフェラール:鉄の除去に有効。 *デスフェラール(メシル酸デフェロキサミン 1A=500mg) [作用]貯蔵鉄(3価の鉄イオン)と特異的に結合し、安定なキレー ト化合物を形成して、腎から排泄される。 [用法]1日1gを1〜2回に分けて筋注。1gを15mg/kg以 下の速度で点滴静注も可。 [注意]静注のみアレルギー反応。無尿、肝腎障害時は禁忌。 B)対症療法 1)呼吸管理 1.気道確保 a)経口挿管:緊急に気道確保しなければならない場合 b)経鼻挿管:開口困難でも可。a)より安定しており患者の苦痛も少ない。 c)気管切開:長期間気道確保が必要な場合に行う。a)b)は約2週間が限度。 2.人工呼吸の対象 a)PaO2<70torr、PaCO2>60torr b)肺活量<10ml/kg、呼吸数>35回/分 c)pH<7.25 3.酸素吸入:低酸素血症による嫌気性代謝と代謝性アシドーシスを避けるた め高濃度の酸素投与を行う。但し、パラコート中毒の時は高濃度酸素投与 を避ける。 2)循環管理 1.頭を低く、足をあげた仰臥位にする。 2.毛布で加温する。 3.循環血液量の維持:原則として、2カ所から静脈路を確保し、水・電解質 バランスを考慮しながら輸液を行う。 4.ショック、心不全が認められるときは、スワンガンツカテーテルを留置し、 適切な治療を行う(それぞれの項を参照)。 3)その他の合併症については、それぞれの項目を参照。 腎不全、肝不全、昏睡、痙攣、興奮、上部消化管出血など。 C)医薬品中毒 1)向精神薬中毒:一般的に大脳機能が全体的に抑制され、それが徐々に回復 してくる。瞳孔の大きさは経時的に変化し、特異的なものはない。 1.バルビツール酸系 a)商品名:イソミタール、バルビタール、フェノバール、リナーセン、 チクロパン b)毒性:中毒量は 0.5g、致死量は1〜2g。 c)症状:意識レベルの低下、昏睡、呼吸抑制、血圧低下。縮瞳のことが多 い。体動低下→圧迫による水泡形成、筋肉壊死。 d)治療:一般的な初期治療と対症療法を行う。 2.ベンゾジアゼピン系 a)催眠剤 1)フルニトラゼパム(ロヒプノール・サイレース):中毒量=10mg 2)フルラゼパム(ダルメート・ベノジール):中毒量=50mg 3)ニトラゼパム(ネルボン・ベンザリン):中毒量=50mg 4)エスタゾラム(ユーロジン):中毒量= 5)ニメタゼパム(エリミン):中毒量= 6)トリアゾラム(ハルシオン):中毒量= b)鎮静薬 1)クロルジアゼポキシド(コントール、バランス):中毒量=500mg 2)クロナゼパム(リポトリール):中毒量=10mg 3)クロラゼプ酸(メンドン):中毒量=500mg 4)ジアゼパム(セルシン・ホリゾン):中毒量=500mg 5)ロラゼパム(ワイパックス):中毒量=100mg 6)メダゼパム(レスミット):中毒量=500mg 7)オキサゼパム(ハイロング):中毒量=500mg c)治療:一般的な初期治療、対症療法で十分。積極的な除去法はまず無効。 3.抗うつ剤中毒 a)商品名:トフラニール、イミプラン、アナフラニール、トリプタノール チオメール、アモキサンなど。 b)症状:抗コリン作用(縮瞳・洞性頻脈・幻覚・尿の貯留・イレウス)、 心毒性(QRSの拡大・PVC・心室性頻脈)、呼吸抑制、昏睡、痙攣、 腱反射の亢進、代謝性アシドーシス、低カリウム血症など。 c)治療:抗コリン作用のため腸管の動きが低下するので、内服12時間後 でも胃洗浄を行う。アシドーシスがなくてもメイロン(0.5〜2.0m Eq/kg)を投与する(低血圧・不整脈・痙攣に有効)。不整脈には アレビアチンを使用し、リドカイン、アミサリンは避ける。場合により テンポラリーペーシング。全例24時間は心電図モニター装着。分布容 量・蛋白結合・脂溶性が高いため血液透析は無効。 注)抗ヒスタミン薬 抗コリン作用を示す。心血管系、中枢神経系の副交感神経麻痺症状が見 られる。代謝性アシドーシスも見られることがあるが、重症になること はほとんどなく、対症療法で十分。 2)消炎鎮痛剤 1.サリチル酸系 a)商品名:アスピリン、ミニマックス、グレラン b)中毒量:血清サリチル酸濃度が50〜100mg/dlで中等症、 100mg/dl以上で重症。 c)症状:酸塩基平衡の異常、糖代謝異常、中枢神経系の刺激症状(耳鳴・ 難聴・過呼吸・悪心)、腹痛、顔面紅潮、発汗、高熱、低プロトロンビ ン血症、肺水腫、腎不全。 d)治療:アスピリンは胃液に溶解しにくく、吸収が遷延するので内服後 24時間以内であれば胃洗浄を行う。アルカリ性強制利尿が有効。 血清サリチル酸濃度が6時間後で130mg/dl以上、腎不全合併例、 補正困難な酸塩基平衡障害例では、血液潅流。 2.アセトアミノフェン a)商品名:アセトアミノフェン、アルピニー、ピリナジン b)中毒量:250mg/kg以上の内服で中等〜重症、350mg/kg 以上では重症。 c)症状:内服後24時間は無症状のことが多い。まれに悪心、嘔吐、腹痛、 発汗。第2病日より、肝機能障害が出現。第4〜5病日でピークに達し、 重症例では出血傾向、肝性昏睡で死亡する。 d)治療:ムコフィリンの投与が有効。初回140mg/kg。その後70 mg/kgを17回経口投与する。血中半減期が短いため血液潅流は通 常無効。だだし、内服後5時間の血清濃度が200mg/l以上は適応。 D)農薬中毒 1)パラコート剤(グラモキソンなど) a)特徴:除草剤として最も多く用いられている。きわめて毒性が強く、数 mlでも死亡することがあり、救命率は現在のところ15%以下ときわ めて低い。2〜3日後に腎障害、肝障害を起こし、1〜2週後には肺線 維症をきたす。グラモキソンには催吐剤が含まれており、服用後にはか なり嘔吐する。 b)治療:特効薬、中和剤はない。以下の方法を併用し、精力的に治療する。 1)服用直後であれば胃洗浄。吸着剤としては活性炭よりもケイキサレー トが約10倍すぐれている。 2)尿中パラコート定性反応が陰性になるまで、血液吸着を行う。 3)マンニトール、利尿剤により強制利尿をはかる。 4)腎機能低下時は血液透析を併用する。 5)その他、ビタミンE、ビタミンC、グルタチオン、ステロイド、イム ランなどを使用する。 6)初期の酸素吸入は障害を助長するので極力避ける。 2)有機リン剤 a)特徴:殺虫剤として広く使われている。低毒性のものが多いが、大量に 摂取されると致死的である。コリンエステラーゼ活性の障害が主体で、 副交感神経刺激症状(唾液分泌過多・発汗・縮瞳)が出現する。その他 白血球増多、蛋白尿、糖尿が見られる。重症例では呼吸筋麻痺をきたす。 b)治療 1)副交感神経遮断薬が効果的。アトロピン2〜10Aを静注。その後、 30分毎に1〜5A追加。瞳孔の散瞳傾向が認められたら30分毎に 1〜2Aを皮下注する。アトロピンの使用量は瞳孔散大、口内乾燥、 頻脈の出現を目安として調節する。有機リン中毒の際は、かなり大量 に用いてもそのための副作用を心配する必要はない。 2)PAM(Pralidoxime methiodide):パラチオン、ENPなどニトロ 基を持つ有機リン中毒の際に有効。できるだけ早期に使用する。 *PAM(1A=500mg/20ml) [作用]リン酸エステルをChEより離脱させる。 [用法]1回2Aをゆっくり静注。改善が認められなければ、30 分後に同量追加。症状が続くときは1A/時間の速さで点滴静注。 [副作用]悪心、口内苦味感、不整脈、胸内苦悶、ヨード過敏 [注意]アトロピンと併用するときには混注しないこと。 3)アドレナリン作動薬、アミノフィリン、サクシニルコリン、レセルピ ンは禁忌。 3)カーバメイト剤 a)特徴:殺虫剤として、有機リン剤と共に多用されている。 b)病態及び症状:有機リン剤と同じく、コリンエステラーゼの抑制。 中毒症状もほぼ同じで、縮瞳、唾液分泌過多、多汗、筋線維性攣縮が見 られ、白血球増多がおこる。 c)治療:有機リン中毒とほぼ同じ(PAMは無効)。アトロピンを主体と する。モルヒネ、アミノフィリン、フィゾスチグミンなどは禁忌。 4)有機塩素剤 a)特徴:殺虫剤や殺菌剤として使用されている。 b)中枢神経刺激作用により、不安、興奮状態を引き起こす。 強直性、間代 性の痙攣、心筋障害、肝障害も見られる。コリンエステラーゼは上昇。 c)治療:対症的に鎮静、鎮痙剤を使用。アドレナリン、油性下剤は禁忌。 5)硫酸ニコチン剤 a)特徴:中枢神経、自律神経、運動神経系、心機能などではじめ興奮、後 に抑制をきたす。少量では流涙、悪心、嘔吐、呼吸促迫、頻脈。大量で は不整脈、間代性痙攣。 b)治療:アトロピン2mgを15〜30分毎に投与。その他対症的に対処。 6)有機フッソ剤 a)特徴:おもに殺鼠剤として使用されている。 b)中枢神経障害と心障害をきたす。痙攣、血圧低下、心室細動、低血糖な どが見られる。 c)治療:対症的に対処する。 7)有機ヒ素剤 a)特徴:除草剤や殺虫剤として使用される。 b)SH基との結合による酵素阻害作用が主体。発疹、色素沈着、口腔、食 道の灼熱感、嚥下困難、嘔吐、腹痛、頭痛、めまい、痙攣、せん妄、シ ョック、肝腎障害、尿細管壊死、水様便、血便(にんにく臭)。 c)治療:SH系解毒剤(上述)を使用。重症例では血液透析でヒ素を除去 する。その他、輸液、電解質補正、肝・腎の保護療法を行う。 ・参考文献 1.鵜飼 卓ほか:救急中毒マニュアル 医学書院 1984 2.吉矢生人ほか:集中治療のてびき 南山堂 1986 3.清野誠一ほか:救急医療ハンドブック 南江堂 1985 4.救急医学特集号 中毒−新しい治療指針 1988 5.薬物療法の実際 第3版 薬のまとめ アサヒメディカル 1986 6.現代医療 中毒 Vol.21 1989 現代医療社
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