【気管支喘息】 A)定義 Hyperreactivity:各種の刺激に対する気道の反応性の亢進 Brochospasm:攣縮による気道狭窄、気管支粘膜の浮腫、気道内の粘液貯留 Reversibility:気道狭窄は可逆性(自然にまたは治療にて改善可能) B)診断 1)呼吸困難の患者が来院した時:詳細は急性呼吸不全を参照 →まず、緊急を要する患者かどうかすぐに判別する! 1.vital(特に呼吸数・ 意識レベル)、チアノ−ゼの有無をチェック 2.診察、血管確保、採血、血液ガス、胸部X線、ECGを手際良く行う。 3.鑑別すべき疾患:肺炎、気管支炎、COPDの急性増悪、自然気胸、肺塞 栓症、うっ血性心不全、肺癌、胸水貯留、異物吸引、過換気症候群 2)頭の中で鑑別診断を進めながら病歴を取る。 1.既往歴:小児喘息、アトピ−性皮膚炎、アレルギ−性鼻炎、アレルギ−性 結膜炎の合併、湿疹、食物アレルギ−などの有無。 2.家族歴の有無:喘息やアレルギ−疾患など。 3.症状:発作の始まった季節や時期(季節の変わり目・4月・9月など) 時間帯(早朝・夜間の咳発作 nocturnal asthma) 4.誘因:運動後(EIA)、感冒、風邪薬や消炎鎮痛剤服用後(アスピリン、 ピリン系・非ステロイド系の消炎鎮痛剤)、ペットの有無など。 3)理学的所見 1.呼吸:呼気延長(呼気性喘鳴、重症では吸気性も加わる) 2.聴診:呼気時に乾性ラ音(Wheeze高音性連続性ラ音・Rhonchus低音性連続 性ラ音)。喀痰が増えれば湿性ラ音も加わるが、肺炎などの気道感染症が 合併している場合があるので注意。 C)喘息と診断できたら 1)重症度の判定:日本アレルギ−学会の重症度分類では、発作の頻度と強度 の組合せで重症度を決定。(表1) 1.副腎皮質ホルモン剤を治療上必要とする場合は中等症以上とする。 2.次のいずれかがあれば重症とする。 a)起坐呼吸 b)チアノ−ゼ c)会話が困難 d)苦しくて動けない e)プレドニンで10mg/日以上のステロイド依存例、 f)意識障害を伴うような大発作が年に1回以上ある *表1 重症度判定基準(日本アレルギー学会) 1)発作強度:主として呼吸困難の程度で判定し、混在する場合は重い方 呼吸困難 会話 動作 チアノーゼ 意識 --------------------------------------------------------------------- 小発作 苦しいが 普通に可 普通に可 なし 正常 (A) 横になれる --------------------------------------------------------------------- 中発作 苦しくて やや困難 かなり困難 なし 正常 (B) 横になれない トイレに やっと行ける --------------------------------------------------------------------- 大発作 苦しくて 困難 不能 あり 正常ないし (C) 動けない 意識障害、失禁 --------------------------------------------------------------------- 失禁 2)発作頻度(平均日数) ア)1週間に1日以下、イ)1週間に4日未満、ウ)1週間に4日以上 3)重症度 ------------------------------------------------ 頻度\強度 喘鳴のみ A B C ------------------------------------------------ ア) 軽 軽 中 中 ------------------------------------------------ イ) 軽 軽 中 重 ------------------------------------------------ ウ) 軽 中 重 重 ------------------------------------------------ C)血液ガスによる病期分類 1)PaCO2=40torr以上は低換気の始まりで要注意! 2)SaO2 70%以下、PaO2 40torr以下ではチアノ−ゼが必ず認めら れる(SaO2 85%以下で現れやすい)。 ------------------------------------------------------------------- Stage 閉塞度 PaCO2 PaO2 喚気状態 SaO2 pH ------------------------------------------------------------------- 1 + 35〜42 75↑ 初期過換気 94↑ >7.40 ------------------------------------------------------------------- 2 ++ 35↓ 55〜75 後期過換気 85〜94 >7.45 ------------------------------------------------------------------- 3 +++ 38〜42 45〜55 正常換気 85↓ 7.40 cross-over point ------------------------------------------------------------------- 4 ++++ 45↑ 50↓ 低換気 85↓ <7.35 ------------------------------------------------------------------- ( Weiss and Segal 改) D)自覚症状と他覚所見のポイント:客観的な把握が大事! 1)喘鳴:換気不全が進行するにつれて次第に弱くなり、いわゆる<silent chest>と呼ばれる状態になると危険。 2)血液ガス 3)奇脈(吸気時に収縮期血圧が15〜18mmHg下がる)の出現:肺の過 膨張による所見で、1秒量が期待値の25%以下の指標となる。 E)治療 1)小発作、中発作の治療 1.アドレナリン(ボスミン1A=1mg/1ml) a)0.3〜0.5mg 皮下注。30分毎に3回まで投与可。 b)45歳以下で高血圧、虚血性心疾患、不整脈、頻脈(>130)のない 例が適応。 c)血圧上昇、頻脈、動悸、振戦に注意。 2.ネブライザー a)ベネトリン0.3ml(1.5mg)+ビソルボン2ml(4mg) +生食4ml b)吸入後約10分で効果発現。 c)ネブライザーで症状が悪化することもあるので患者に確認後施行する。 3.アミノフィリン(ネオフィリン 1A=250mg/10ml) a)前医で加療を受けている場合は最初から維持量(下記の表を参照)を投 与するが、未治療の時は生食100ml+ネオフィリン250mgを3 0分で点滴静注する。一般的な負荷量は5.6mg/kg。 b)目標血中濃度=20μg/ml前後に保つようにする。ただしネオフィ リンのクリアランスは年齢、薬剤、個々の病態によって大きく異なって くる。 ------------------------------------------------------------------- 維持量 健常人 喫煙者 高齢者 肺性心 心不全 肝疾患 ------------------------------------------------------------------- mg/kg/hr 0.5 0.9 0.3 0.3 0.2 0.2 ------------------------------------------------------------------- c)200mg/日の投与でも血中濃度が30μg/mlを越えることがあ る。治療中に悪心、嘔吐、頭痛、食欲不振などを訴えたら血中ネオフィ リン濃度をチェックする。 d)極量は1000mgと考える。 4.ステロイド a)中等症以上の症例に使用する。 b)ハイドロコーチゾン100mgまたはメチルプレドニゾロン20〜60 mgの6時間毎の比較的少量静注が推奨されている。 c)必要な場合にはためらうことなく積極的に使用すべきであるが、安易な 使用は厳につつしむべし! 注)当院ではβ刺激剤、キサンチン剤、吸入剤、吸入用ステロイド(アル デシン・ベコタイド)、抗アレルギ−剤などをすでに使用している患 者がほとんどなので、まず5%グル500ml+ネオフィリン250 mgを2時間で点滴静注する。必要に応じて、ネブライザー、ボスミ ン皮下注を試みる。 2)大発作の治療 1.ポイント a)不十分な治療で発作をだらだらと遷延させると、かえって気道過敏性を 亢進させ、症状の増悪につながるので、一度の発作は一度できちんとコ ントロ−ルすることである。コントロ−ル良好な期間を長く維持させる ことにより、気道過敏性の鈍感化と症状の改善がみられる。 b)経口や吸入投与によるβ刺激剤は大発作の時には使用しない。喘息発作 で来院する患者の多くは、β刺激剤の吸入(アロテック・ベロテック・ サルタノ−ル・メプチン)を過量に行い、β遮断状態(βblockade)と なっており、また希に投与により窒息することもある。一般的には、テ オフィリン製剤やステロイド剤の投与を2〜3日行い、ある程度発作が 改善した後に、β2刺激剤の投与を開始するのが安全。 アドレナリン(ボスミン)の皮下注や持続点滴は必要に応じて行う。 c)重症発作では、すぐに血中テオフィリン濃度を測定する。 2.酸素投与 a)直ちに血液ガスを測定し、まず鼻腔カニューレ、1 /分で開始。約1 5分後の血液ガスの結果により調節する。 b)COPD with Asthma では、高濃度酸素投与によるCO2ナルコ−シス に注意。すでにCO2蓄積状態にある場合には、ベンチュリ−マスクを 使用し、25%で開始、PaO2を60torr以上に保てばよい。 c)PaO2が65torr以上でも、アミノフィリンは心筋の酸素消費量を増 加させるため、酸素投与をする方が無難である。 3.補液 a)最初の1〜2時間は500mlに止め、その後は状況をみて決定するが、 一般的には1日で2〜3 を補液する。 b)食物や水分摂取の不足、発汗の増加、ステロイドの使用などにより、低 K血症、低Na血症、低Cl血症を見ることがあるので電解質に注意。 4.アミノフィリン(ネオフィリン1A=250mg/10ml) 5.ステロイド a)大量短期投与が原則。発作が消失するまで十分量を用い、一旦消失すれ ばすみやかに減量。 b)初期はプレドニゾロン(Predonine)60〜120mg/日を使用するか short acting のハイドロコ−チゾン(Solu-Cortef、Hydrocorton)を、 1)チアノ−ゼがなければ100〜300mgワンショット静注。 2)認められれば500mg静注後、1000〜2000mg/日投与。 c)胸部ラ音がほとんど消失するまで同量を続ける(通常は3日間前後)。 投与の1〜2日後に喀痰の排出量が著明に増加し、その後急速に喘息発 作が改善することが多い。 d)十分な効果の発現には速効性のハイドロコートンでも最低3時間必要。 6.アドレナリン(ボスミン1A=1mg/1ml) a)皮下注 1回0.3〜0.5ml(硬い乾性ラ音時著効!) 有効なら30分の間隔をあけて数回投与可。 b)挿管時初期治療に反応せず、気道内圧が70cmH2O以上に上昇し、人工 呼吸器を使用できない症例もある。その際には早急に気管支洗浄を行い それでも下がらない時には、持続点滴を1μg/kg/hrより開始し、 気道内圧を50cmH2O以下に保つよう調節する。 7.メイロン(アシド−シスの補正) a)肺胞低換気(ステージW)では呼吸性アシド−シスとなる。原則的には、 換気の改善に伴い自然に是正されるので補正の必要はないが、pH7. 25以下の場合、気管支拡張剤の効果は得がたく、補正する必要がある。 b)pH7.30〜7.35を目標としてメイロンで補正する。 8.具体的投薬例 a) 1. SolitaT3 500 + Neo 200mg + Predonine 20mg 2. SolitaT3 500 + Neo 200mg + Predonine 20mg 3. = 1. 4. = 2.(各6時間) b)側管よりビソルボン2A×2 c)抗生剤 ビクシリンS or セファメジン2g+5%グル100ml(1 時間)×2 9.人工呼吸管理のタイミング a)適応 1)来院時、心肺停止・意識消失! 2)血液ガス分析にて (宮本ら) 1.慢性高炭酸ガス血症がある場合:PaO2>40torrの維持に必要な 酸素投与によりPaCO2>80torrとなる場合。 2.慢性高炭酸ガス血症がない場合:cross-over pointを越え、PaC O2>60torrとなる場合。 3)pH7.25以下 b)原則として挿管時には鎮静剤、筋弛緩剤は使わない!(被刺激性の亢進 状態のため)。必要であれば、セルシン10mg、ミオブロック4mg (いずれもヒスタミン遊離作用なし)を静注し、素早く挿管する。 c)意識下挿管で、しかも呼吸困難のため横臥位になれないことが多いので、 盲目的経鼻挿管が最も安全。 d)大きな径の挿管チュ−ブ(♂:8mm、♀:7.5mm)が望ましい。 e)従量式レスピレ−タ−を用いる(当院ではニュ−ポ−ト、ドレ−ガ−、 バ−ドシ−ガル、サーボのいずれも可)。 f)人工呼吸器の使用法 1)調節呼吸とする。持続的に鎮静したい場合はサイレースとケタラール の持続点滴を行う(ケタラ−ル200mg+サイレ−ス10mg/5 %グル50mlを3〜12ml/時間)。塩酸モルヒネは禁忌! 2)設定は一般的には以下の条件で開始する。 1回換気量(VT) ・・・400〜500ml(8〜12ml/kg) 分時換気数(f) ・・・・8〜12回/分 FIO2・・・・・・・・・・・・0.5 E:I比・・・・・・・・・・1:2〜3 3)調節低換気法(Darioliら): 気道内圧があまり上がらないよう低換気 量とし、吸気時間を短く呼気時間を長くとり、気道内圧を50cmH2O 以下に抑えつつ低酸素血症を改善し、高炭酸ガス血症は気道閉塞と脱 水の改善によって対処する。 4)気道内圧が50cmH2O以上では圧外傷(barotrauma:気胸・縦隔気腫 ・皮下気腫)の危険性がある。特に緊張性気胸が重要で、安定してい た患者に突然気道内圧の上昇や血液ガスの悪化・頻脈・血圧の変動な どが出現し、胸部X線で気胸が確認され時は、直ちに脱気し、トロッ カ−カテ−テルの挿入を行う。 5)ウィーニング(人工呼吸器からの離脱)は、喘息だけであれば通常容 易で、喘息発作の改善とともに抜管可能なことが多い。 6)必要に応じ気管支洗浄を試みる。粘液栓による気道閉塞、特に中枢部 の気管支閉塞には著効を示すことがある。通常10〜20mlの生食 を挿管チュ−ブより注入し、アンビュ−バックで気管支へおしこみ、 吸引チュ−ブで吸引を片肺に2〜3回繰り返してやる。時に気管支鏡 による洗浄吸引を行う。しかし、気管内に生食水を注入するので、一 過性にPaO2の低下がおこる。 10.これまでの治療によっても発作が改善しない時は、麻酔医のもとで吸入麻 酔療法の適応となる。ハロセン、エ−テルが用いられるが、ハロセンは血 圧低下・不整脈や肝障害の発生、エ−テルは気道の刺激性・爆発性という 欠点をもつが、いずれも気管支拡張作用を有し、深麻酔時には呼吸の仕事 量を減少させ、発作に関与する心理的因子、ストレスを抑制する。 G)当院での処方例 1. spiropent 4T 2x1 (朝・寝る前) (meptin 2T 2x1、venetlin 3-6T 3x1) 2. theolong(200mg) 3T 3x1 (朝・晩・寝る前) (theodur(200mg)3T 3x1、slo-bid(200mg) 3T 3x1) mucosolvan 3T 3x1 (mucodyne 3T 3x1、bisolvon 3-6T 3x1 ) 3. azeptin(1mg) 4T 2x1 (朝・寝る前) (rizaben(100mg)3T 3x1、zaditen 2P 2x1、solfa 3T 3x1、 celtect 2T 2x1、 Romet 2T 2x1) 4. Sultanol inhalar 1本 2puff x 4 (朝・昼・晩・寝る前) 5. Aldecin inhalar or Becotide inhalar 1本 2puff x 4 (1日20puffまでは副腎皮質の抑制は認められないと報告されている。 1日8puffでプレドニン換算で7.5mgに匹敵する) 6. amino suppo(250mg or 100mg) 1T 1x1 (寝る前) H)禁忌と考えた方が良い代表的な薬剤 1.β-blocker、モルヒネ(塩モヒ・ブロコデ・リンコデ)、消炎鎮痛剤(メ チロン・ヴェノピリン・インダシン・ボルタレン・ポンタ−ル・セデス・ ブルフェン・バファリン・ナイキサン・ニフランなど。塩基性非ステロイ ド剤のソランタ−ルは安全)。 2.抗ヒスタミン剤(喀痰の粘調度を高める。しかし小・中発作では風邪症状 に対し処方することがある)。 3.トランキライザ−(呼吸中枢抑制のため) ・参考文献 1.救急医療ハンドブック 第2版 南江堂 1985 2.内科医のための呼吸管理の実際 医学書院 1985 3.ICUマニュアル 第1版 MEDSi 1984 4.内科レジデントマニアル 第2版 医学書院 1987 5.呼吸器病レジレントマニアル 医学書院 1988 6.呼吸不全 Medical Practice Vol.2 No.2 1985 文光堂 7.アレルギ−病 Medical Practice Vol.4 No.3 1987 文光堂 8.呼吸不全の管理 Medical Practice Vol.4 No.11 1987 文光堂 9.呼吸不全とその管理 Medicina Vol.24 No.4 1987 文光堂 10.喘息 難治性喘息−現況と実状 Vol.1 No.3 1988 メディカルレビュ-社 11.アレルギ−診療のトピックス カレントテラピー Vol.6 No.7 1988 カレントテラピ-社 12.呼吸不全 カレントテラピー Vol.6 No.10 1988 カレントテラピ-社 13.治療 気管支喘息−専門医の特技(2) Vol.70 1988 南山堂 14.呼吸不全 その病態生理と治療 Modern Physician 新興医学出版社 1989
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